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雨が雪に変わる夜に
【女性向け 官能小説】

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再び-3

 夏輝が悪戯っぽい目で言った。「でも、誤解ついでにばらしちゃいますけど、あたし、秋月さんを誘惑したことがあるんです」
「えっ?」マユミもケネスも眉間に皺を寄せて夏輝を見た。

「去年の夏、あたし、実習中にその彼氏の修平とずっと会えなくて寂しい思いをしてたことがあって、恥ずかしい話なんですけど、いつも優しく接してくれる秋月さんにふらふらとよろめいちゃって……」
「それほんまか? ナッキー」
「初耳だわね」
「うん。でね、あたしが落ち込んでるのを見て、秋月さん、食事に誘ってくれたから、脈有りだと思っちゃって、お酒飲んだ勢いで秋月さんに『あたしを抱いて』オーラを出してたんです」
「何やの、その『あたしを抱いて』オーラって」ケネスがあきれ顔をした。
「身体を癒されたかった、って感じかな。今思えば、かなりやばい状態だったよ」
「ほんまかいな……」

 秋月は恐縮したようにカップを口に当てていた。

「でもね、秋月さんは偉かった。そんなあたしの誘惑にもめげず、何もせずにあたしをタクシーで寮まで帰してくれたんだよ」
「へえ!」
「すごい紳士じゃない?」マユミは感心して言った。

「あの、」亜紀が躊躇いがちに口を開いた。「夏輝さんって、すっごくはつらつとしていらっしゃって、とってもチャーミングな方ですよね。美人だし、キュートだし」
「え?」夏輝は意表を突かれたように首をかしげた。
「男の人だったら、そんな夏輝さんに甘えられたら、絶対、あの、言い方は悪いですけど、手を出しちゃうと思います。」
「な、何が言いたいんだよ、亜紀」遼が横から口をとがらせて亜紀を見た。
 亜紀も遼の顔を見た。「どうして応えてあげなかったのかな、って……。そんな時、男の人ならハグか内緒でキスぐらいしてあげたくなるんじゃない?」
「いや、ないない。そんなことできるわけないだろ」秋月は赤くなってまたカップを取り上げた。
「亜紀さんの言う通りやな。こんな娘に言い寄られたら、わいやったら絶対その場で最後までいってまうわ」
「ケニー」マユミがケネスを睨み付け、彼の太股をぎゅっとつねった。
「ouch!」

 夏輝が笑いながら言った。「あたしがそんなに魅力的かどうかは別として、秋月さんは、あたしの手を五秒間だけ握って癒してくれたんです」
「五秒間?」
「そう、五秒間」夏輝は笑いながら目の前のカップを手に取った。「それから、その店を出て、タクシーを待っている時、秋月さんはあたしの肩を軽く叩いて、何て仰ったと思います?」

 秋月は頭をぼりぼりと掻いて赤くなっていた。

「『僕にはできないよ』か何かか?」ケネスが目を輝かせて言った。
「残念でした。実はね、秋月さん、『彼の手を離しちゃだめですよ』って言って下さったんです」
「ほんとに?」マユミが嬉しそうに言った。
「あたし、修平っていう彼氏がいること、秋月さんに一度も話したことなんかなかったのに、ですよ?」
「大したもんやな……」ケネスは腕組みをして感心したように大きくうなずいた。「ほんまの紳士やな」
「それであたし目が覚めたんです。秋月さんでなければ、たぶん不倫しちゃって、修平との仲も、今頃どうなっていたかわからない……」夏輝はしんみりしたように言った。

 亜紀は隣に座った遼を誇らしげに見つめていた。

「なんでわかっちゃたんですか? 秋月さん。あたしが彼氏持ちだったってこと」
「いや……何となく」遼はしきりに恐縮して頭を掻いた。
「あたし、それから、それまで以上に秋月巡査長を尊敬するようになりました」
「ほんま、珍しわな。目の前のこんなかいらし娘にも手ぇ出さんと」ケネスがコーヒーカップを口に運んだ。「わいやったら、彼氏持ちだろうが何だろうが、遠慮なく手ぇ出すけどな」
「ケニー!」
「ouch!」

「僕が単に臆病者だった、ってだけですよ……」
 ケネスがマユミにつねられた太股をさすりながら言った。「いや、ちゃうやろ。遼君は正真正銘の紳士や、っちゅうこっちゃ。おまけに、すでにそん時も亜紀さんのことが頭にあったんちゃうか?」
「きっとそうよね」マユミも言った。

「あ、」亜紀が不意に小さく叫んだ。「タクちゃんに電話しなきゃ!」
 そう言いながら亜紀は濡れたバッグの中から自分のケータイを取り出した。
「タクちゃんって、亜紀のアパートに居た人?」遼が訊いた。
「うん。きっと心配してる」
 夏輝がすかさず言った。「北原さんは、今、たぶん、電車の中だと思います」
「え?」亜紀の指が止まった。
「先ほど北原さんにご連絡差し上げた時、仰ってました。自分はもうここに居る理由もないし、こっちでの用事も全部済んでるから、お二人が帰られる前に退散する、って」
「そ、そうなんだ……」亜紀は独り言のように呟いた。
「きっと自分は邪魔になるからって」夏輝は笑った。「素敵な従姉妹さんですね」

「お、」ケネスが窓の外に目をやった。「雪に変わったで」
 そこにいた残りの四人も、一様に外を見た。

 音もなく、無数の白い水鳥の羽毛のような雪が、戸外の景色を埋め尽くし始めていた。


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