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翌日、猛烈な頭痛に襲われながら目覚めた。
周りが騒がしい。
テレビからバラエティー番組のうるさい声が聞こえてくる。
目を開けると、湊を中心に部屋の片付けが始まっていた。
「っあー…頭いた……」
「おー、よく寝てたな。てか寝過ぎ」
湊がケラケラ笑う。
時計を見ると10:40。
結構寝てたみたいだ。
「…んー」
身体を起こすと頭痛がより一層ひどくなる。
髄膜炎になった時並みの痛さだ。
頭痛い…なんて思っていると、突然猛烈な吐き気に襲われた。
急いでトイレに駆け込む。
「陽向ー?」
楓が叫ぶ。
「吐きに行った?」
「飲み過ぎっしょ」
そんな会話が聞こえるが、今はそんなのどうでもいい。
胃から逆流してきたものをトイレに流すと、ひどい脱力感に襲われ、陽向はしばらく立ち上がれなかった。
なんだこれ……。
うずくまっていると、トイレのドアが思い切り開いた。
「おい、そんな飲み過ぎたんか?」
3人が心配そうにしてやって来た。
「あ…ごめん…。なんか頭痛いし、気持ち悪くて……」
体育座りのまま答える。
顔を上げたらまた吐いてしまいそうだ。
肩で息をしていると、今度は悪寒に襲われる。
これは…やばい……。
「だ…ダメかも…」
「え?」
「た、立てない…」
本気で全身の力が抜けてしまい、そのまま立てなくなってしまった。
「マジで大丈夫?」
湊にトイレから引きずり出され、そのまま抱えられた。
ベッドに寝かされ、ブルブル震えながら布団にくるまる。
「陽向、大丈夫?」
楓が心配そうに声をかける。
「う、うん…」
しばらくすると震えがおさまり、途端に全身が火照ってきた。
完全に発熱している。
湊に体温計を渡され測ると38.5℃。
萎える。
「いくつ?」
陽向は布団に顔をうずめたまま湊に体温計を渡した。
「あーりゃりゃ」
「陽向、あんなとこで毛布一枚で寝てるからだよ」
陽向は「ごめん」と呟いて楓と雅紀を見た。
「せっかくのパーティーだったのに…台無しにして…ごめん…」
「ばか。そんなこと言わないの。早く治して、またみんなで遊ぼ。今度は奈緒たちも一緒にさっ」
楓は優しく笑うと、陽向の頭をポンッとはたいた。
雅紀も「お大事に」と言って陽向に笑いかけた。
「ごめんね…ありがと」
その後は3人が片づけをし、昼過ぎには楓と雅紀は帰って行った。
「また風邪っぴきか」
湊が寝ている陽向の側に座り、呆れながら言う。
バカにされているが、怒る気にもなれない。
陽向は半開きの目で「ごめん…」と呟いた。
と、その時、おでこに冷えピタが貼られる。
ひんやり気持ちいい。
陽向は湊の手を握ると、大きな手のひらを自分のほっぺたにゆっくりと当てた。
「めちゃくちゃ熱い」
「ん…」
「ひな」
「ん…」
「だいじょぶ?」
「…だいじょばない」
湊はフッと笑い「部屋片付けてくっから」と言い立ち上がった。
「やだ…」
湊のパーカーの裾を力無く掴む。
「何がよ」
「いや…」
「だから何が」
「行かないで」
「はいはい」
再びカーペットに腰を下ろした湊の手を握る。
「風邪の特権?」
「うるさいな」
「風邪っぴきひな坊は甘えん坊さんだね」
「……」
そう言いながら湊は、陽向の髪を優しく撫でた。
この魔法の手で熱が下がればいいのにな…。
どれくらい眠っていたのだろうか。
窓の外はもう暗い。
キッチンからなにやら物音がする。
陽向は重い身体を起こしてリビングへと向かった。
そのままソファーにドサリと寝転ぶ。
「ほれ」
ぽわんとした頭で目の前のテーブルに何かが置かれたのを意識する。
湯気が立っている。
「へ…」
「お粥」
「え…作ってくれたの?」
「早く食えよ」
のそのそと起き上がり、左手にスプーンを握る。
煮えたぎったお米を掬うと、湯気がさらにもわっと立った。
一口食べると、ほのかな塩の香りと優しさに包まれた。
ソファーに座る湊の膝に頬を寄せる。
「食べれない?具合悪い?」
「…ちがう」
陽向は湊に更にしがみついた。
大きな手が優しく髪を撫でる。
「どーしたんだよ」
「湊…」
「ん?」
「ありがと…」
湊が作ってくれたお粥はあの時…初めて湊とひとつになった日、翌朝体調を崩した時に作ってくれたものと同じ味だった。
本人が作っているのだから味が変わらないのは当たり前の事なんだけれど、それがなんだか懐かしいような切ないような気持ちで心がむず痒くなる。
そして、なんだか苦しい。
悲しい事なんて、ひとっつもないのに…。
「…っう。湊…」
気付いたら泣いていた。
なんでだろう?
分からない。
「おい、ひな。何で泣いてんだよ」
「わ、わかんないっ…」
きっと…
きっと…
湊のことが大好きだからなんだろうな。
「うっ…う…みなとぉ…」
ソファーに座る湊に力無く抱きつく。
「風邪うつるんですけど……」
そんな事を言いつつ、ギュッと抱きしめてくれる。
そして、優しく背中を撫でてくれる。
だいすき…
だいすき…
だいすき…
意地悪だけど、素直じゃないけど、いつもいつもバカにされるけど、そんな湊がすき。
だいすき。
そんな気持ちが強過ぎて壊れてしまいそうだよ。
そんなこと言ったら湊は、バカじゃねーの?って笑うんだろうな。
でも、それでもいいよ。
そんなことを言う、五十嵐湊を愛しているんだから…。