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It's
【ラブコメ 官能小説】

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-11

今日は学生でいられる日の最後のライブだ。

2年前から書き続けていた曲があった。
それは、自分の中で失くしてはいけないもの、そして掴めないものを書いた曲だった。
でも、なんだかしっくりこなくてみんなの前では言えずにいた。
「陽向、あの曲なんだけどさ…」
大介から何度かそう言われた。
アルペジオから始まる、明るいようで切ないメロディー。
それに合う詞や歌や感情が、全く見つからなかった。
そんな人生、見たこともなかったし経験したこともなかった。
夢でさえ、みたことなかった。
大介が思いついた曲で「陽向らしくないけど」と言いながら海斗や洋平にも伝えたあのメロディー。
2年間置き去りにしてきた。
そのメロディー。
気付いたら書き始めていたのは12月頃。
何かが見つかった瞬間だった。
好きなものは何?
自分がしたいことは?
見据える未来は……?
…それは、大好きな人。
かけがえのない、大切な人。
切ない、明るいなんて関係ない。
自分が書きたいように、思い描く未来を、妄想でもいいから……伝えたい、大切なあなたに…。
ちょっと恥ずかしいから英詞にして、何を伝えたらいいかわからないから、ところどころ濁して…伝わるかな、伝わらなくてもいっか。
聴いてもらえたらそれで満足だ。

「タイトルどーすんの?」
「え、あー…うーん…」
「じゃ、俺決めちゃうよ?」
大介が笑いながらそう言う。
「やだっ!」
「ぁんだよ」
「んー…えーと…。あ!『It's』にしよ!」
「え、なにそれ。『それ』って意味?」
「そーなんだけど…」
「だけど、なによ」
「『それ』って言葉にも色々意味があるでしょ?」
「あるけどさ…。大介の中の大切なものって何?」
「突然だな。んー…」
大介は考えた後「今かな」と答えた。
「今?」
「そ、今。こーやってメシ食ってる時も、メンバーと言い合いしてる時も、ライブしてる時も…その時は全部自分にとっては『今』だろ?」
「……」
「生きてるその時にムダな事なんて一つもないんだよ。やりたい事やってる時が一番幸せだし、その時間その時が大切だと俺は思うよ」
大介は「今、クサいこと言った?俺」と笑った。
「あたしが言いたいのはそーゆーこと」
「え?」
「簡単に『それ』って言うけど、その人が思う『それ』って人の数だけ意味があると思うの。だからこの歌を、詞を、自分の思う世界で受け止めてほしいんだ」
陽向は「あたしクサいこと言った?」と真似して笑った。
「全然。陽向らしー考えだな」
「どーゆーこと?」
「自分じゃない誰かのためを考えて生きてるとこ」
大介は陽向を見てニッコリ笑った。

温かいアルペジオは変わらず、深い音色はいつもより強さを増して、春へと向かう風の中を貫いた。
「陽向ちゃんっ!ありがとうございますっ!」
ライブ後に楽屋から出ると、知らない女の子に声を掛けられた。
話を聞くと、どうも毎回ライブに来てくれている子らしい。
「アップテンポなHI wayもいーけど、今日の新曲、ホントに心にしみました!!!もう、思い出しただけで…泣けます…!」
「ホントですかー?!ありがとうございます」
陽向はその女の子と握手し、懇願され何故か一緒に写真まで撮り、別れを告げた。
今日でこの出来事は3回目だ。
「モテモテですね、風間サン」
この声は…と思い、振り向くとそこにはやはり湊が立っていた。
「あー…おつかれ」
「なんだよその返し。…てか相当ビビるんですけどあの曲」
「へ?」
「『It's』だよ」
陽向は「どゆこと?」と笑った。
「お前ららしくねーから相当調子狂った」
湊はヘラッと笑った。
陽向もヒヒッと笑う。

Twilight Twilight
The moon cast a pale light on the roofs of the houses.
Would you dance together?
Forever.....
Even if it compares and you do not allow.

夜明けの月が家々の屋根を青白く照らしていた。
一緒に踊ってくれませんか?ずっと…
たとえ、あなたが許さなくても






ライブ後の飲み会では、いつものメンバーといつものように笑いあって、飲みすぎた。
こんな人生って最高だなと思いながら二次会へ向かう途中の工事現場のフェンスに顔をぶつけて低い鼻の先っちょを擦りむいた。
もちろん、血も出た。
「…ったく、おめーは。ちゃんと前見ろや!」
湊に怒られるが逆に楽しくなってきてしまう。
「二次かーい!参加するひとー!」
「黙れ!」
メジャーでもインディーズでもないただのなんでもないバンドマンならなんだって来いだ。
この日はいつも来てくれているお客さんも交えての飲み会だった。
かなり異例だ。
でも、それが楽しい。
30人以上はいるだろうか……かなりの大人数だが、楽しいものには変わりない。
みんな、人間なんだもの。
好きな人達といる時間は、大好きなものには変わりないんだ。


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