世界で一番、許せないのは……-4
「!!!!!!」
アーウェンの牙で首を大きく食いちぎられた吸血鬼は、悲鳴のかわりに口から鮮血の噴水を吹き上げて、絶命した。
着地したアーウェンは、次の標的をめがけて血に染まった牙を剥く。
リーダー格であるオリヴァルスタインめがけて跳躍しようと、姿勢を低くした。
しかしその瞬間、大きな鳥の羽ばたきが聞こえたかと思うと、不意にアーウェンの目の前で、煌く星空の一部が落ちてきた。
「!?」
全身の魔道具を輝かせたレムナが上空から急降下し、プラチナブロンドの吸血鬼美女の脳天を、手甲から伸びた刃で貫いたのだ。
「が、ぐ、ぐう、う……」
顎から刃の切っ先を覗かせた吸血鬼美女は、立ち尽くしたまま血走った目をせわしなく動かしていたが、レムナが顔色一つ変えずに刃を引き抜くと、ぐるんと白目を剥いて後ろに倒れた。
その身体が地面につく前に、レムナは反対側の手甲の刃を一閃し、首と胴体を分離する。
「レムナさん? どうして……」
なぜ彼女が突然現れたのか解らず、アーウェンが尋ねるより早く、オリヴァルスタインがレムナを指差して絶叫した。
「キルラクルシュ! こいつだ! こいつを殺してくれ! このハーピー女が、我々の仲間を皆殺しにしたのだ!!」
「え……」
驚くアーウェンを、レムナは広場であった時とは打って変わったように、冷ややかな目で見つめ返した。
彼女が髪と同じ、黄緑に赤の混じった極彩色の翼を伸ばしている所を、アーウェンは初めて見た。
褐色の身を包む露出の高い衣服は、星空を切り取って衣服にしたように煌いている。
手甲の血を一振りして身構える彼女は、華奢な外見とは裏腹に、まるで隙が無い。
それにハーピーは、暗がりでは殆ど目が見えないはずなのに、レムナの黄色い瞳が視力を微塵も落としていない事を、先ほどの行為が証明していた。
―― 彼女が、黒い森の吸血鬼たちを……?
アーウェンは、ひりつく喉へ唾を飲み込む。
「じゃあ……黒い森で、偽者のキルラクルシュを倒したのは……」
「―― 俺だ」
低い声が響き、いつのまにかディキシスが、真っ青になって震えているラクシュの背後に立っていた。
遮蔽物の少ない野原で、彼は魔物たちの誰にも気づかれず、忍び寄ってきたのか。
アーウェンは広場でラクシュから、ディキシスに会った覚えがあるとは聞いていた。
しかし、妙に神妙な声音で、家に帰ってから話すと言われてしまい、まだ詳しいことは聞いていなかった。
「私、きみを……思い出した。十二年前……生きてたんだね……」
ボソリと、振り向きもせずにラクシュが呟いた。
「……そうだ。お前に殺されかけて、泉に飛び込んだガキだ。まさか、覚えているとは思わなかった」
ディキシスが腰の剣を抜き、夜よりも黒い禍々しい漆黒の刀身が姿を現す。
「俺が泉の底から戻ったのは、姉さんの仇を……お前を殺すためだ! キルラクルシュ!!」
漆黒の剣が、振り上げられた。