狼と七人の吸血鬼-2
「……それよりレムナは、あの人狼とずいぶん仲良くなったようじゃないか」
ディキシスは、ややぎこちなく話題を変えた。
レムナはとても人懐こく明るい少女だ。ディキシスに付き従い、街を転々としていたから、その場で誰かと親しげに話せても、すぐに去らなくていけないのが不憫だった。
「うん! アーウェンって面白いし、優しいよ」
「……そうか」
オリーブ色の髪と目をした凛々しい人狼青年が、ディキシスの脳裏に浮かぶ。
人狼にしては珍しいほど丁寧な言葉遣いと柔らかい物腰で、ああいうのを好青年と呼ぶのだろうか。
……ただ、彼のラクシュに対する盲目的な溺愛ぶりには、唖然としてしまったが。
そんな事を思いながらふと気づくと、レムナの大きな瞳が、わくわくした色をいっぱいに浮かべてディキシスを見上げていた。
「ね、ねぇ! もしかして、もしかして、やきもちっ!?」
期待に満ちた声に顔をしかめ、そっぽを向いた。
「違う」
普通は誰だって、こんな無愛想な男よりも、爽やかな好青年の方を好むだろう。
それでもレムナは、ディキシスを無条件に選んでしまうのだ。
彼女が最初に彼を見たという、ただその本能に従って。愛されれば愛されるほど、ディキシスは虚しくなっていく。
「はぁ〜……うん。そうだよね……言ってみただけ」
がっくりとうな垂れるレムナの髪を、くしゃくしゃと撫でた。
「お前に裏切られるとは思っていない。だから、そんな必要はないだけだ」
「ディキシス……?」
「急ぐぞ」
ディキシスは赤くなった顔を見られないように、急いで先に歩きだした。
後ろからレムナが、黄色いレンガ道を弾むような足取りで飛び跳ねている。きっと顔中でニマニマしているのだろう。
困ったものだと、自分とレムナのどちらに憤っていいのかわからぬまま、ディキシスは早足に市街地を歩く。
目低は滞在宿ではなく、討伐隊がいるであろう街の正門だ。
(あいつが指令をやっていて、たいした成果をあげられていないだと?)
広場で素っ頓狂な声をあげていた討伐隊の司令を思い浮かべ、ディキシスは眉間に皴を寄せる。
灰色がかった金髪と赤紫の目をした三十路の傭兵は、間違いなくドミニク・ローアンだ。
自分とレムナの死亡記事が偽りだったように、新聞記事など半分近くは信頼できないと知っているが、討伐隊の記事もやはり怪しいものだ。
傭兵ドミニクは、表社会で目立つのを極力避けているらしく、一般市民の間で知名度は無きに等しい。
だが、報酬金と個人的な興味がつり合えば、どんな仕事も引き受けてこなすと、裏社会では有名な人物だった。
本当はどこかの国の暗殺者という噂もあるが、『笑顔で挨拶しながら、相手の喉首を掻っ切れる男』と言われる彼の素性は、はっきり知れない。
彼が討伐隊を率いてきたということは、吸血鬼たちが近くにいる可能性は、本当に高いのだろう。
広場のチェックが余りにずさんだったのも怪しい。
ディキシスは暗緑色の外套を翻し、自分の狩るべき獲物を先取りされるまいと、駆け急いだ。