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雨が雪に変わる夜に
【女性向け 官能小説】

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好敵手-3

「すまん。遼、痛かったか?」
 遼は省悟に殴られた左頬に手を当てた。「警察官失格だな。逮捕する犯人に、逆にやられちまうなんてな」
 省悟は苦笑いをした。「俺は犯人じゃねえよ」

 ケネスがカップを二つ運んできてテーブルに置いた。「君ら、複雑な関係の友達同士やったんやな。そやけど、頼むからここで殴り合いはせんといてな。もしやってもうたら、後かたづけまでしていくんやで」

 ケネスはテーブルを離れた。

 コーヒーを一口飲んだ後、省悟はゆっくりと口を開いた。
「俺は事実を話す」
「……」
「高校時代、おまえと俺は亜紀の取り合いになったが、俺は敗北した。だが、今のおまえ同様、俺は亜紀のことがずっと忘れられなかった。だからあの夜は絶好のチャンスだった。」
「いやらしいやつめ」遼は吐き捨てるように言った。
 省悟は構わず続けた。「亜紀はずいぶん酔ってた。俺がどっかで休むか? って訊いた時、彼女もうなずいたから、そのままホテルに入った。」

 遼の小さな歯ぎしりの音が聞こえた。

「いいか、遼、よく聞け。ここからが大事な所だかんな」
「ふざけるな! なんだよ、大事って!」遼が大声を出した。
 省悟は呆れたように肩をすくめた。「結果から言うぜ。亜紀は着ていた服を一枚も脱がなかったし、ベッドに横になるどころか近づきもしなかった」

「え?」遼の表情が固まった。

「俺は立ったまま背中からあの子を抱くとこまでは成功したが、キスしようとした途端、思いっきり左頬にビンタを食らった」
「そ、そうなのか?」
 省悟は照れたように少し赤くなった。「あえなく失敗。ってやつさ」
そして彼はコーヒーを一口飲んだ。

「それからな、亜紀のヤツ、わあわあ泣きながら俺を突き飛ばして叫ぶんだ」

 遼は言葉をなくして省悟の顔を見た。

「何て叫んでたと思う?」
「わ、わからないよ……」
「『遼、遼!』だぜ?」
「え?」
「わかるか? 亜紀の心の中には、おまえがまだずっと住んでる」省悟はテーブルに身を乗り出し、声を荒げて続けた。「わかってやれよ、いいかげん! おまえ、そんな亜紀をなんで三年も放っとくんだ!」

「そ、そうだった……のか」

「それから俺は亜紀に指一本触れることはできなかった。近づく度に突き飛ばされて、俺は無惨に床に転がされちまったよ」省悟は腕まくりをして左腕を見せた。「そん時ベッドの角でぶつけたアザがこれだ」
「亜紀が……」
「あの子はおまえの名前だけを何度もずっと叫びながら泣いてた。もう手がつけられる状態じゃなかったんだぞ!」
 省悟はテーブルをどん、と拳で叩いた。カップがソーサーの上で軽く跳ねて、ガチャン、と音を立てた。

 レジの横にいたケネスがちらりと顔を上げた。

 省悟はばつが悪そうに一つ咳払いをして椅子に腰を落ち着け、コーヒーを一口すすった。
「ホテルに入って10分も経たねえうちにチェックアウト。それからやっと亜紀をアパートまで送ってったが、二階に上がる階段の前で、俺はあいつに容赦なく追い払われちまった」
「それって、本当のことなのか?」
 省悟はムッとした表情で遼を睨んだ。「腕にアザまでこしらえて、こんな嘘つくか」

 そして省悟は小さくため息をついて続けた。
「おまえが信じたくなければそれでもいいけどな」省悟はまたカップを口に運んだ。「ま、どっちにしたって、俺は亜紀を諦めっから。もう無理だ」

「すまん、省悟」遼は肩をすぼめて頭を垂れた。
「おまえは高校ン時から慎重すぎる、っつーか、思いこみが激しすぎるっつーか、気を遣いすぎるんだな。全然変わってねえじゃねえか。そういうトコ」
 遼はようやく一口目のコーヒーをすすった。「そうかも……知れないな」
「今、それが思いっきり裏目に出てるってことだろ? おまえがさっき俺に殴りかかったエネルギーをよ、亜紀に向けてやれよ」

 遼は数回瞬きをして、省悟の顔を見つめた。
「ありがとう。省悟。誤解して悪かった」
「気にすんな」
 省悟は立ち上がった。「じゃ、俺、まだ配達残ってっから」そして作業ズボンのポケットを探り、コインを取り出しテーブルに置いた。「支払い、頼むぜ」

 省悟が店を出て行って、トラックのエンジン音が聞こえた時、ケネスがテーブルにやって来て省悟の食器をトレイに乗せながら訊いた。「どや? 話はついたんか?」
「すみません、ケニーさん。パトロールになってなくて」
「ええんとちゃうか? 遼君にとっては大事な時間やってんから」ケネスは笑いながら言った。

 財布を取り出した遼に向かってケネスは言った。「お代はいらん」
「え? そんな、だめですよ」
「もう閉店しとる。気遣い無用や。省悟が置いてったこれは、今度やつが来た時、わいから返しとくよってにな」ケネスはテーブルのコインを取り上げ、指で弾き上げた後、それを器用にキャッチして親指を立て、ぱちんとウィンクをした。
「す、すみません」遼は頭を下げた。


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