一枚足りない!-4
追い出されるように扉を開いたアーウェンは、ちょうど店に入ろうとしていた客と、ぶつかりそうになった。
「わっ」
「っ、すまない」
長身の客は一歩下がって通路を譲ってくれた。
声と体格から若い男性らしく、暗い緑色がかった外套のフードをすっぽりと被り、大きな剣を腰に下げている。
「いえ、こっちこそ」
アーウェンは軽く頭を下げ、すれちがいざまに客へ目を走らせた。
フードの奥に見えた顔は、やはり二十代半ばの人間の青年だ。
日焼けした顔はきつく引き締まり、夕陽色の鋭い目も、どこか暗い色に見えた。
武装もしているし、魔獣退治や遺跡の探索で生計をたてる冒険者のようだが、わざわざ曇り日にフードで顔を隠すなど、あまり真っ当な経歴ではないのかもしれない。
ここ、ハーゼルランド共和国は、魔物にもっとも寛容な地だが、ある程度の金額を収めれば簡単に居住権を買えるので、逃亡犯罪者も多く流れ込む。
アーウェンとて表向きには処刑されたことになっている身だから、他人をとやかく言えないし、ここが『犯罪者の幸せな流刑地』と呼ばれているのは確かだ。
相手の素性をアレコレ詮索しないのは、暗黙の了解。
それでもアーウェンは店を出た後、ふと気になって窓から店内を覗いた。
だが、青年客はカウンターでクロッカスと普通に話をしているようだった。
(大丈夫か……)
愛想とは無縁の顔つきだったが、通路を譲ってくれた仕草は礼儀正しかったし、クロッカスもこの国で店を構えている以上、客を装って襲いかかる輩には、それなりの出迎えを用意している。
心配は杞憂に終わったと、アーウェンはきびすを返し、さらに賑わい始めた街の大通りを走りだした。
***
水瓶女神の噴水前は、先ほど通った時よりも、更に人が増していた。
黒いローブ姿を探してキョロキョロしていると、背後で突然、金切り声の悲鳴があがった。
「きゃああ!! 何すんのよ!!」
若い女の子の悲鳴に、泉の周辺の視線がさっと集まる。
「ケンカか?」
「女同士のつかみ合いらしいぞ」
アーウェンも目線を向け、驚愕の声をあげた。
「ラクシュさんっ!?」
人々の注目が集まった先には、先日アーウェンが贈ったアップルグリーンの服を着たラクシュがいた。
服より少し濃い目のケープを肩にかけて、被ったフードの端からは雪白の髪がチラリと覗く。
傍らに置いたごつい台車の組み合わせが、お人形さながらの装いに、いかにも不似合いだ。
「何やってるんですか!?」
人ごみを掻き分けてアーウェンが駆け寄ると、ラクシュは黙って台車の荷台を指差した。
魔道具を詰めた袋の合間に、灰色のマントに包まった小柄な身体がひっくり返っている。
『たった今、荷台へ投げ込まれました』といった様子だ。
砂埃で汚れたマントの裾からは、褐色ののびやかな手足が覗き、目深に被ったフードの奥に、少女らしい口元が見えた。
どうやらさっきの悲鳴は、彼女が上げたらしい。
「ラクシュさん……どなたですか?」
アーウェンが尋ねると、ラクシュは重々しく頷く。
「迷子、拾った」
抑揚のない声に、少女が憤慨の声をあげた。
「迷子ぉ!? 拾ったぁ!? 人を無理やり荷台に放り込だクセに! あんた、変すぎ!」
そして少女は、今度はアーウェンへ、キッと向き直った。
「この変人の知り合い!? わたしは道を聞いただけなんだけど!」
「え? はぁ……すみません」
怒り心頭といった少女にタジタジとなりつつ、アーウェンは尋ねた。
「……で、どこに行きたかったんですか?」
少女は噴水の中央で、瓶から水を流している女神像を指差した。
「ここで大事な待ち合わせをしてたんだけど、ちっとも会えなくて……。ちょうど隣にいた彼女に、似たような場所がないか聞いたの。……そうしたらいきなり、この惨状よ」
「ああ。女神の噴水は、水瓶と水樽の二つがあるんです」
アーウェンは苦笑して、少女に説明する。
よく見れば褐色の細い足は傷だらけで、随分と過酷な旅をしてきたようだ。それに全体的な雰囲気から、疲れ果てているようにも見える。
ラクシュのことだからきっと、これで街の反対側にある噴水まで歩かせるのはキツイと、自分の頭の中だけで判断し、ろくに説明もしないで台車に放り込んだのだろう。