チェスター・バーグレイのこじらせた恋愛観念-1
チェスター・バーグレイは、人が好きだ。
もちろん中には軽蔑の対象でしかない奴もいるが、大抵は欠点もあれば長所も持ち、そしてまったく同じ人など、二人はいない。
外見は親も見分けられない程そっくりな双子だって、中身は違う。
だからとても興味深いし面白い。
***
氷雪の地として有名なフロッケンベルクの野山も、短い夏には野草が芽吹き、青やピンクの可憐な花が咲き乱れる。
時刻は昼時。
王都に向かうバーグレイ商会の馬車隊は、街道の傍らで休憩を取っていた。
隊商の仲間たちは焚き火を囲んで談笑し、そこには人狼の夫と人間の妻というラインダース夫妻の姿もある。
「約束だからね!」
九歳の人狼ハーフ少女アンジェリーナは、嬉しそうに頬を染めてチェスターに微笑んでから、両親の元へ駆けていった。
チェスターは笑顔で手を振ってそれを見送り、さりげなく焚き火と反対に離れた。
起伏の多い野原は針葉樹林と接しており、少し歩けば太い松の木が点在している。
木影に寄りかかると、足腰から力が抜けて、チェスターはズルズルとしゃがみ込んで脱力した。
「は、はぁ〜……やばい。やばい、俺……」
彼はいつも陽気で、悪く言えば能天気にすら見られるが、今日ばかりは赤毛の頭を抱えて呻く。
『じゃぁ……私が大人になったら、チェスターのお嫁さんにしてくれる? ……あいしてるの』
頭の中に、ついさっきアンジェリーナからされた告白が、リフレインする。
―― まさか、きゅうさいの、おんなのこから、ぷろぽーずされるとは、おもいませんでした。
「……若旦那、死にそうなツラしてんぞ?」
唐突にかけられた低い声に、チェスターは飛び上がりそうになった。足音や気配の察知には機敏なほうだが、相当に動揺していたらしい。
灰色のローブマントをはおった小柄な少年が、ガラの悪い三白眼でチェスターを見下ろしていた。
「ジュードか……はー、ビックリした」
心臓をバクバクさせているチェスターを、ジュードは不審そうに眺めた。
「俺に気づかないなんて、若旦那らしくねーな」
数年前にチェスターと知り合い隊商に入った彼は、犯罪溢れる二重都市のスラムで、自分の魔法才能だけを頼りに逞しく生き抜いていたツワモノである。
チェスターは深く息を吐き、両手で額を覆った。
「ジュード、ちょっと聞きたいんだけどさ……」
「ん?」
「ときめく相手は、いくつの年の差までは、大丈夫だと思う?」
たっぷり五秒間、沈黙があった。