流行の服はお嫌いですか?-1
どこの地でも遺跡は全て、ある種の木に侵略されている。
葉の一枚もつけない奇妙な木は、つる草のように曲がりくねって伸び、遺跡の硬い特殊素材すら悠々と破壊して、天井を突き抜け窓に絡んで排水溝や通風口を侵していた。
かさついた鱗状の木肌には、時おりポコンと膨らんだ部分があり、ぼんやりと光を放っている。そこをめくると、中に発光鉱石が入っているのだ。
ウズラの卵ほどの大きさをした、色とりどりの光を放つそれは、木の実なのかもしれない。
だが、どうみても石にしか見えず、埋めても何も生えない。
だから実は「発光鉱石」と呼ばれ、この木は「鉱石木」と呼ばれた。
遺跡の中は暗く、木の隙間から月明かりが漏れ入る他は、鉱石木の放つ光が幻想的に浮んでいた。
(これくらいで足りるか……)
アーウェンは採った鉱石を革袋の中に入れ、数を確認する。
赤・青・黄色がそれぞれニ十個に、緑が十五個。貴重な紫が六個。
アーウェンの血を飲んでから、ラクシュは見る見るうちに回復し、鉱石もまた自分で採りに行くと言ったが、任せてもらうことにした。
魔道具への繊細な加工は手伝えないから、せめて出来る部分を手伝わせて欲しいし……今回は大事な目的があって、鉱石が多めに必要だった。
今、彼の頭部は狼の形容となり、獣と人が合わさったような形に変化した身体は、オリーブ色の体毛に覆われている。
虹彩を宿す獣の目は、わずかな月明りでも十分に見えた。ランプなどつけたら、即座に余計なものを呼び寄せてしまう。
巨大な蟲や凶暴な合成獣《キメラ》が棲みつく遺跡は、一瞬の油断で命がなくなるのだ。
鋭い爪の生えた手は、敵を引き裂くには便利だけれど、細かい作業には苦労する。袋を破かないように気をつけて口紐を閉じ、荷物を背負った。
鉱石木は森や山にもあるが、安全な場所は、すぐに採りつくされてしまうから、アーウェンは身体が丈夫になってからは、できるだけ遺跡へ来ていた。
家からも近いこの遺跡は、入り口が崩れて塞がり、瓦礫をよじ登って中に入れるのは、人狼や九尾猫くらいだ。
そのため、あまり訪れる冒険者も少ない穴場だった。
アーウェンは枝から音もなく飛び降りる。
床は朽ちて土になった木肌が厚く積もり、地面とあまり変わらなかった。
一説に寄れば、昔の地面はもっと低い位置にあり、陸より海のほうが広かったそうだ。
天から降ってきた巨大な岩石群と、繁殖した鉱石木が、地面を高く高く盛り上げてしまった……そんな説を唱えた学者がいたらしい。
遺跡の大部分が、地底のはるか深くに埋もれていることは確かだ。
垂直にそそり立つ、背の高いこの遺跡だって、地上に顔を出しているのは、上階の一部だった。
アーウェンがいるのは地上から8階目だったが、崩れた壁に「32階」と記されているのを前に見つけた。
しかし、アーウェンに難しい歴史の真偽はわからないし、あまり興味もなかった。
とにかく遺跡で重要なのは、必要なものを手にいれて、無事に生きて帰ることだ。
瓦礫を飛び跳ねながら駆け下りたアーウェンは、大きな月に向かって気持ちよく咆哮し、家ではなく、街の方角に向かって駆け出した。