流行の服はお嫌いですか?-2
***
「―― ほぉ、ラクシュに服をプレゼントか」
朝一で『鈴猫屋』に駆け込んだアーウェンから事情を聞くと、カウンターに肘をついたクロッカスは、顔中にニヤニヤ笑いを浮かべた。
まだ開店には少し早い時間で、店には二人だけだ。
赤と金をそこかしこにあしらった店内は掃除が行き届き、魔道具たちが見た目よく飾られている。
クロッカスは几帳面で綺麗好きだし、自分の店をとても大事にしていた。
「えっと、元気になったお祝いを兼ねて……」
アーウェンは言葉を濁したが、このオッサンに本当の理由はお見通しされているようで、非常に居心地が悪い。
ラクシュの数少ない衣服を二枚もダメにして、お風呂でぬるぬる焦らしプレイというお仕置きに、たっぷり反省したものの、ぼろきれと化した服が戻るわけではない。
反省したなら良いとラクシュは言ってくれたが、どうも気が引ける。
そしてラクシュに服を買ってプレゼントしようと、昨夜の遺跡で鉱石を多めに採ってきたのだ。
「……で、これを買い取ってくれます?」
余分に採った分の鉱石をカウンターに並べると、クロッカスは一つずつ真剣に眺める。
「あ。それから、これも……」
アーウェンは思い出し、ポケットから小さな薄い四角の物体を取り出した。昨日、遺跡で帰り際に見つけたものだ。
片側は真っ黒で、縁と裏面はメタリックレッドの特殊素材で覆われていた。小さなボタンのような突起がいくつかあるが、押しても何の反応も返さない。
色も形もさまざまだが、こんな奇妙なものが、遺跡ではよく見つかった。
遠くの相手と話せる機械だったと仮説も聞くが、今では理論も構造も解らない代物だ。
ただ、丁寧に分解すれば、今の技術では到底作れない、細かな機械部品が手に入る。外側の特殊素材も貴重品だ。
「ふーむ。傷も少ないし、なかなか良い色だな」
古代文明に興味を持っているクロッカスは、太古の遺品を取り上げてしげしげと眺める。
そして素早くそろばんを弾き、アーウェンが予想した以上の金額を提示した。
「こんなに?」
「鉱石の質もいいし、何よりこいつが気にいった。平服なら2、3着は買えるだろ」
クロッカスは銀貨を数えてカウンターに載せ、上機嫌で鉱石と赤銀の物体をしまいこむ。
そしてニンマリと口元を緩めた。
「それにしても、服は良い思いつきだな。ラクシュはせっかく面がいいのに、着たきりすずめで、勿体無いこった」
「着たきりじゃなくて、同じような服しか持ってないだけですよ」
アーウェンは訂正する。
ラクシュの持っている服は全て、膝丈の黒い貫頭衣ローブだ。
何年か前に、仕立て屋で服を作った時も、自分の着ているのを示して同じものをと頼んでいた。
「なんなら、一緒に行って見繕ってやりたいが、今日は忙しくってなぁ」
残念そうに言うクロッカスに、きっぱりと首を振る。
「ご心配なく。俺だって服くらい、一人で買えます」
クロッカスのセンスがいいのは認めるが、このエロ猫おっさんにまかせたら、大変なことになりかねない。
「それに、最近流行っている服装が、ラクシュさんに似合うとも思えないし……」
ちらりと窓の外へ目を向け、早朝の市街地に増えだした人々を眺める。
アーウェンも流行には疎いが、最近では女性の冒険者たちの間で、革鎧と極端に露出の高い衣服の組み合わせが流行っているのは知っていた。
それに影響されて、街の女性たちもスカート丈を短くしたり、胸元を大胆に開いたりしている。
「ああ。確かに眼の保養だが、ラクシュには似合わないな」
頷いたクロッカスは、ちょうど店の前を通った、大胆な黒革ビスチェの巨乳さんへ、鼻の下を伸ばしていた。
「なんなら、ラクシュのローブに、深いスリットでも入れてやるってのはどうだ?」
「なっ!! そ、そんな…………結構です!」
動くたびにチラっと覗く太ももが頭を過ぎり、思わず同意するところだった。
やっぱり、このオッサンに意見を聞くのは危険だと、クルリときびすを返した。
鈴の鳴る扉に手をかけた時、クロッカスが思い出したように呼び止めた。
「そうそう、昨日街に着いた客から聞いたんだが……キルラクルシュが討伐されたらしい」
「……?」
アーウェンは無言で振り替えりながら、顔が強張るのを感じていた。
「あの国は遠いから、情報の入りが遅くてな。もう一ヶ月も前の話しだった。
吸血鬼たちへの生贄制度に憤った青年が、仲間たちと挑んで倒したんだとさ。……ま、勇者さまってとこか」
「……へぇ、不死身のキルラクルシュが? 百年も、誰も倒せなかったのに?」
そう言った自分の声は、奇妙に乾いていた。
クロッカスはヒゲを軽く指先で弄り、軽く肩をすくめた。
「信じられん気もするが、ガセネタでもなさそうでな。あっちじゃ国中が祭り騒ぎだとよ。黒い仮面をつけてた女吸血鬼の死体も、広場に晒されてるらしい」
「そう……ですか」
「逃げて拡散した吸血鬼の対処に、近隣諸国で討伐隊を募りはじめたそうだ。ラクシュが巻き込まれないように、気をつけたほうがいいぞ」
咳払いを一つして、クロッカスはそう締めくくった。
「はい……ありがとうございます」
アーウェンは振り向き、満面の笑みを向ける。
「最高にスッキリしました」
「あん?」
いぶかしげなクロッカスに詮索される前に、急いで店を出た。