3.滑落-5
――テーブルに置いていたスマホが震えると村本は飛び起きた。この為だけに契約した専用携帯だ。その携帯が反応を示す、ということは一つの事実しか物語っていなかった。
ジーンズを押し破りそうなほど勃起した股間が痛い。送信元のメールアドレスにはいかにも個人アドレスのものらしい、"haruharu"というワードが含まれている。自分と同じように新たな携帯を用意する時間を与えないために、1時間という時限を設けたのだ。だからこのメールアドレスは瀬尾悠花個人のものに間違いない。
『なぜ今になってこんな写真を送ってきたんですか?
あなたの目的がわかりません。
ハッキリ言って、気持ち悪いです。
すぐに処分して二度と連絡しないでください』
恬淡とした文章だった。
しかし村本が送った文章の、「瀬尾悠花」とハッキリ記述した箇所を否定していない。送り主、つまりこの返信の発信元が、瀬尾悠花であることを認めていた。そして「こんな写真を……」「すぐに処分して……」と言ってきていることから、写真の少女が悠花であることも認めてしまっている。村本は、「写真に写っているのは自分ではない」と悠花がトボケてくると思っていた。意外にも、最初から全てを認めてくれている。本人が言い逃れするのは無理だ、と諦めるほど完璧に隠し撮りし、交渉をスムーズにしてくれた相良に感謝する気持ちすら湧いた。
『目的は言ったじゃないか?
俺は、このスキャンダルから、
瀬尾悠花ちゃんを守りたいだけさ。
悠花ちゃんはこの写真を、
何とかして葬りたいんでしょ?
そのために協力してあげるんだから』
すぐに返信が返ってくる。
『それはあなたが、写真を消してくれれば済むでしょ?』
今度は一文のみだった。即座に返信をしたところを見ると、悠花は深慮することができていない。自分との交渉のテーブルに無理矢理つかされている。いきなり連絡された悠花と違って、村本は勤務をこなしながら寸暇を惜しみ、寝不足になりつつ綿密に計画してきたのだ。交渉における様々なパターンをノートに書き出すと、冊子の半分近くのページ数に及んだ。ここまでノートを使ったのは学生時代を含めても初めてかもしれない。憧れの瀬尾悠花のことを考えてのものだったから、全く苦ではなかった。
『俺が「消した」ってメールしたら、
悠花ちゃんは信用するのかい?
しないでしょ?
悠花ちゃんが自分の手で消したほうが、
安心できると思うんだけど、
どうかな?』
憧れてやまない美人モデル……、生身の瀬尾悠花と会うことができたらどれだけ幸せだろう。
これまで蔑まれ、打ちひしがれてきた人生で、突然手に入れた好機。そもそも自分の人生なんて、リア充たちに比べたらゴミみたいなものだ。それはこの先も同じだろう。だからこそ、村本は全身全霊をかけるだけの価値があると思っていた。
『何が目的なのか、ちゃんと書いてください。
あなたのメールはすごく遠回しで、
何が言いたいのかわからない。
気持ち悪いです』
やはり即返しだった。時間を置かず、おそらく推敲もしていないのだろう、冷静な文章にしようとしているが、苛立ちと軽蔑が滲み出ていた。悠花が冷静沈着に対応してきたほうが、交渉過程に細心の注意を払う必要があったので、。村本にとっては苛立ってくれたほうが誘導しやすくて好都合だった。
『何が目的なのか……、
わからないかなぁ?
悠花ちゃんは何だと思う?
それとも、悠花ちゃんは、
俺の目的のために何ができる?』
敢えて逆撫でするような返信をしてやる。今度の返信には、少し間があった。
『知りません。
私のほうで何ができるかなんて、考えたくもありません。
何が言いたいんですか?
お金ですか?』
(きっと……、「目的」を色々想像しちゃったんだろうなぁ……)
村本はここで少し間を置いた。瀬尾悠花は返信を待っているだろう。だが、すぐには返さない。