やっぱりアイツはズルい男-5
「……く……るみ?」
あたしのキスを受けた陽介は、呆然とこちらを見ていた。
まあ、当然か。ムカつくなんて言いながらキスしてるんだもん。
ムカつくのは事実だけれど、ムカつくくらい好きなのも事実。
だけど、好きと言えないのなら、せめて陽介の温もりを刻み付けたいの。
これでホントにサヨナラしてあげるから。
「勘違いしないで。あたし、陽介なんて、もう大嫌いなの。だからあんたの嫌がることしてやっただけよ」
べーッ、と舌を出してやれば、目の奥が痛くなる。
お願い、今だけは引っ込んでてよ。
緩みそうになる涙腺を、必死で噛み締めて堪えて見せる。
奥歯を軋むくらいの不自然な笑顔で、あたしは口を開いた。
「内緒にしてたけど、実はあたし、付き合ってほしいって言われてる人がいるの」
「……は?」
こないだあたしが金蹴りしたナンパ野郎。
アイツを使わせてもらおうと、頭に奴のことを浮かべるけれど、どうしても名前が出てこない。
名前だけじゃない、どんな顔してたっけ?
レベルが高い方だって記憶は微かに残っているのに。
ホントあたしの頭ん中は陽介ばっかりだったんだなって自分に呆れてしまう。
仕方ないから自分のタイプを適当に言っちゃえ。
「それが、すっごいいい男なの。カッコよくて、背が高くて、面白くて、一緒にいて楽しくて、エッチもすっごく上手で……」
そこまで言って、あたしは気付く。
ナンパ野郎の顔も名前も思い出せないわけだ、と。
――そうだよ、だってずっと好きだったのは、陽介だけなんだから。
どんなにいい男にナンパされても、誰と付き合っても、欲しかったのはあなただけ。
目の前の陽介の顔が、やけにボヤけて見える。
おかしいなぁ、あたし、目がいいはずなのに。
「くるみ……」
「だ……からね、そろそろあたしも一人の男に落ち着こうと思ってたから、丁度よかった。いつまでも陽介とこういう関係続けるのもいけないもんね」
「……だな」
「……だから、もう……会わないから……」
おかしいなぁ、あたしの声はこんなに鼻にかかったような声じゃないのに。
これじゃまるで泣いてるみたいじゃない。
早くここを出なきゃ。
これ以上陽介といると、自分がおかしくなってしまう。
陽介の呼吸の音だけがやけに大きく聞こえる中、あたしは俯いたまま、
「……サヨナラ」
と、小さな声で呟いて彼の横をすり抜けた。