○○は、ごはんに入りますか?-4
***
「……あーぁ。相変わらず口の悪いおっさんですね」
来た時と同じで、クロッカスが疾風のように素早く帰ってしまうと、アーウェンはため息をつく。
茶器を片付けようと、木の盆を手にとった時、くいくいとシャツの袖を引っ張られた。
「アーウェン……やってみよう」
抑揚のないラクシュの声は、珍しく期待と張り切りに満ちているように聞こえた。
「え? なんの話ですか?」
「私……変な、吸血鬼。魔物なら、サキュバスみたいに、精でも、補給できるかも……アーウェンの、欲しい」
「―――――は?」
アーウェンの手の中で、木盆が真っ二つに割れた。
「ええええ!!?? ちょ、待っ……ラクシュさん! 言ってる意味、もうちょっと詳しく聞きたいんですけど!? 俺、誤解してるみたいです!!」
慌てふためき、ゼーハーと深呼吸を繰り返していると、ラクシュが小首をかしげた。
「私、アーウェンの血、じゃなくて、精液、飲むでも、大丈夫? か、やってみたい」
―― どうやら、意思の疎通は間違っていなかったようだ。
眩暈を堪え、割れた盆を放り出して、ラクシュを抱きしめた。
「クロッカスさんの言ったことなんか、忘れてください。無理しなくてもいいです!」
人間と性交し、糧として精を吸うサキュバスは、吸血鬼と同じようで、大違いだ。
彼らは魔物の中で、もっとも人間と上手く共存し、大抵の国でサキュバスは討伐対象から外されていた。
大きな街であれば、たいていはサキュバスたちの娼館があり、多少の疲労と引き換えに得られる極上の快楽を求めて、通いつめる人間は多い。
サキュバスは美形が多いし、緑色の皮膚や蝙蝠の羽根も、慣れれば病みつきになるそうだ。
「……精なら、アーウェン、痛くない」
抱きしめた腕の中で、ポツリと呟く声が聞こえた。途端に、心臓を締め付けられたような気分になり、思わず腕に力を込める。
「あれくらい、平気です」
きっぱりと断言する。
首にラクシュの牙を突き立てた時は、正直に言えばかなり痛かった。アーウェンが痛みに強い人狼でなければ、叫び声をあげていたかもしれない。
「俺……ラクシュさんにだったら、いくら咬まれたって良いですから」
片手で抱きしめたまま、そっと雪白になった短い髪を撫でた。
きっと同族の血を吸っていた頃は、思い切り苦痛を叫ばれていたのだろう。
「そ、それに……他の吸血鬼と暮らしていた頃は……そっちを飲んだこととか、なかったんですか?」
気は進まなかったが、思い切って尋ねてみた。
嫉妬で狂いそうになるから、あえて考えないようにしていたけれど、ラクシュも血を吸っていた同族たちと、色々経験はしていると思い込んでいたのだ。
「ない」
ラクシュが首を左右に振る。
「私が血、飲むと……皆、痛くて、気絶したから……発情は、自分で、静めてた……痛み減らす、魅了も、出来なかったし……普段は、皆……私に、触らなかった……」
最後の方になるにつれ、ラクシュの声はだんだんと小さくなってしまった。
「え、じゃあ……」
誰かと交わったのは、アーウェンが初めてということらしい。
声が弾んでしまいそうになるのを、必死で堪えた。彼女は本当に傷ついているのに、勝手な喜びを押えきれない。
ラクシュが大勢の相手と関係を持っていたとしても、大好きには変わらないが、独占欲が思う存分に満たされていく。
「ラクシュさんは、十分に魅力的ですから! それは俺だけが知っていればいいんです!」
腕の中でラクシュがもぞもぞ動き、赤い瞳がアーウェンを見上げた。
「アーウェン……でも……しちゃ、だめ?」
小首を傾げて、強請るように尋ねられた。
「――――っ!!」
無表情の胡乱な顔つきなのに、なんだってこんなに可愛いく見えるのか……!!
アーウェンはよろめき、ふらふらとソファーに突っ伏して呻く。
―― 駄目だ。惚れた弱みがあるんだから、勝てるわけがない。
「……お風呂、入ってきますから……その後で、お願いします」