○○は、ごはんに入りますか?-2
クロッカスとの付き合いは、二人がこの地に住み始めた直後からだ。
あの街で魔道具を扱う店は何件かあるが、魔物がオーナーをやっているのは彼の店だけで、ラクシュが選んだ理由でもあった。
陽気で人当たりの良いクロッカスだが、商売に関しては厳しく鼻も利く。ラクシュが吸血鬼というのもすぐに見破り、最初は取引きを渋られた。
吸血鬼は羞恥心がないと良く言われるが、それは性的な恥じらいという意味だけでなく、裏切りや卑怯な行為も平然とするからだ。
しかし、ラクシュはその点でも異質な吸血鬼だった。
彼女とて、恥という感覚はもっていないのかもしれない。けれどラクシュの基準と価値は、『好意』であり、好きな相手は、とても大切にする。
当時少年だったアーウェンが、そう説得しようとしたが、杞憂に終わった。ラクシュの造った見事な魔道具のサンプルを見ると、クロッカスはすぐ取引きに応じてくれたのだ。
魔道具の要は、鉱石に魔法文字を丁寧に彫りこむ部分だ。そこを見れば、造り手の性格や程度もわかると、彼は日ごろから公言している。
今ではラクシュをすっかり気に入り、吸血鬼であることも黙っていてくれるし、情報通な彼は、不穏な討伐隊の動きなどがあれば、すぐ知らせてくれる。
ラクシュの作品は、鈴猫屋でもかなり売れ筋で、時々オーダーメイドの注文までくるほどだ。
製作者に紹介してくれと、熱心に頼む客もいるらしい。そういう輩を、のらくらとかわしつつ、率の良い注文はしっかりとってくれる手腕は、さすがと言える。
だからアーウェンも、クロッカスには感謝し一目置いているが、ラクシュに会えば必ず、九尾を絡ませてセクハラ三昧なのが、気に喰わないところだった。
しかもラクシュは、しなやかで数の多いクロッカスの尾が大のお気に入りなのも、余計に面白くない。
「……クロッカス。頼まれた、魔道具なら、まだ、できてない、よ?」
アーウェンに抱えられたまま、無言で茶を飲んでいたラクシュが、不意に抑揚のない静かな声で言った。
滅多に街を離れない彼が、突然に訪れたのを不思議に思っているのだろう。
アーウェンも不思議に思って九尾猫を眺めると、クロッカスは苦笑して手を振った。
「いやなに。この間、ラクシュが街に来たらしいって聞いて、気になってな。元気になったんなら、店にも顔くらい見せてくれよ」
どうやら先日、ラクシュが企画した不思議なデートを、誰かに目撃されていたらしい。ラクシュは無表情ながら、神妙な様子で頷いた。
「ん……つぎは、いく」
この数年、クロッカスも弱り続けるラクシュを心配していたのを、申し訳ないとは思っていたのだろう。少し考えてから、彼女はポツポツと付け加えた。
「私、アーウェンの、血……飲んだ……もう、心配ないよ」
「――は?」
紅茶カップを持ったまま、クロッカスがあんぐりと口をあけて、ラクシュを凝視している。
彼はラクシュの本名も知らないし、魔物の血を必要とするのも知らなかったのだから、当然だ。
アーウェンも驚いてラクシュを見た。
「言って良いんですか!?」
「ん」
ラクシュが小さく頷き、クロッカスへ視線を戻す。
「私……人の代わりに、魔物の血、必要なんだ……でも、アーウェンが、くれたから……元気になた」
そこまで話すと、ラクシュは口をつぐみ、また紅茶カップに視線を落としてしまった。
さすがにキルラクルシュだったことや、その他の詳細まで話す気はないらしい。
「……俺もこの間、初めて知ったんです」
まだ唖然としているクロッカスに、アーウェンは自分が望んで血を飲ませたことと、大した影響もなかった事を話した。
彼も魔物なのだから、この辺りは特に誤解されたくない。
「だから心配なく。俺はラクシュさんに、他のヤツの血を飲ませるつもりは、絶対にありませんから」