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キラキラ狼は偏食の吸血鬼に喰らわれたい
【ファンタジー 官能小説】

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そうだ ごはん買いに行こう。-1

「ラクシュさん、ついてますよ」

 アーウェンが食卓の向こうから手を伸ばした。ラクシュの頬に、トマトスープが一滴飛んでいたらしい。
 何で、そんなに物凄く嬉しそうな笑みを浮かべるのか、ラクシュには理解できないが、彼のそういう顔は好きだ。周囲にキラキラした光が散って見える気がするから。

「ん……」

 だからラクシュは、おとなしく頬を指先で拭われる。
 アーウェンが自分の指についた赤い汚れを、チロリと舐めとるのが目端に映った。少し目立つ犬歯と、真っ赤な舌が覗く。

 アーウェンはいかにも人狼らしく逞しい引き締まった体格で、顔立ちもなかなか整っている。
 オリーブ色のツンツンした髪に、同色の瞳をした人狼青年の仕草は、妙に大人びて卑猥に見えた。

 ――大きくなったなぁ。

 声に出さずに思い、またスープを飲む。野菜だけで作られたスープは、塩気もちょうど良く、とても美味しい。サフランを入れて炊き上げられたライスも絶品だ。

 彼を奴隷市場で買いとり、街から少し離れた空き家を買って、一緒に住み始めてから、もう十年。
 最初は警戒を露にしていた人狼少年に、ラクシュは家事と身の回りの世話を頼んだ。引き換えに、きみを守り養うと約束した。

 ラクシュは魔道具を製作するのが得意だ。
 自宅の一室を工房にして、作った品を近くの人間の街で魔道具屋に売って金を稼ぎ、自分と彼を養った。


 十年は、あっという間だった。

 痩せこけた小さな人狼少年は、あっという間にラクシュの背を追い抜き、家事の腕前をぐんぐ上げた。魔道具作りの手伝いも申し出てくれたが、残念ながら彼に魔道具つくりの才能はゼロだった。
 しかし、人狼のアーウェンは険しい山や崖も楽々に登り、魔道具に必要な薬草や、貴重な鉱石を取ってきてくれる。

 彼は確か、今年で20歳だ。
 人狼は成長が早く、青年期が極端に長い。幼少期にあんな劣悪な環境にいなければ、もっと早く青年の姿になっていただろう。
 引き換え、ラクシュの見た目は、人間でいえばせいぜい16か7の少女だけれど、本当はずっとずっと年上だ。
 ラクシュは吸血鬼だから。

 この姿で故郷の泉から生まれ、朽ちる瞬間までずっと変わらない。変わってしまったのは、髪の色くらいだ。
 ラクシュがスープをすすると、短く切った真っ白な髪が、わずかに揺れる。
 水を汲んだグラスに映る自分へ、チラリと視線を向けた。

 吸血鬼は美しい容姿の者が多く、ラクシュも造作自体は悪くない。ただし、感情というものがすっぽり削げ落ちたうろんな無表情が、それを台無しにしていた。
 しかも今では、まるで何ヶ月もロクに食べていないようにすっかり痩せこけ、頬は青白く生気に欠けて、赤い瞳はさらに澱んで血走り、目の周囲には濃い隈がある。

「ラクシュさん。トマトスープのおかわりします?」

 アーウェンの声に、ハッと我に帰る。
 彼はラクシュの好物を知り尽くしているし、痩せすぎだと心配している。

「……ん」

 空っぽになった椀をだすと、野菜の具がたっぷり入った赤いスープを、零れそうなほど注がれた。

「よかった。ラクシュさんはもっと食べなきゃ。また痩せたみたいだし」

 ギクリとし、黒いローブの袖口から覗く、骨の浮いた手首をとっさに隠した。

「……」

 お前は言葉が足りないと、昔からよく言われた。
 しかし、ラクシュだって頭の中では色々と考えるし、伝えたい思いもちゃんとあるのに、それをどう言葉で表現していいのか、よくわからないのだ。
 頑張って言おうとしても、喉を通り過ぎるころには、大半が消えてしまっている。

「……アーウェン、きみのご飯は、美味しい……好きだよ」

 一生懸命に、言ってみた。
 ラクシュは野菜しか食べられない。魚も肉も卵も、一切受け付けない。これは好き嫌いや信念ではなく体質の問題で、口に含んだとたんに戻してしまう。

「……ん?」

 不意に、アーウェンが変な顔をして自分を凝視しているのに気づき、ラクシュは小さく首を傾げる。

「お、俺! ラクシュさんが喜ぶ美味しいもの、もっといっぱい作ります! あ、そうだ!明日は久しぶりに、チョコケーキを作りますね!」

 顔中クシャクシャにして笑ったアーウェンからは、さっきより更にキラキラした光りが眩しく見える気がした。



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