そうだ ごはん買いに行こう。-6
条約は結ばれ、吸血鬼たちは一年に一度、差し出された生贄だけを喰らうようになった。
財宝や食べ物も差し出され、雨の日には正体を隠して、人間の街へ買い物に行けるようにもなった。
キルラクルシュは城の一室を与えられ、静かな日々を過ごしていた。城にはいっぱいの本もあって、大昔に旅に出た吸血鬼の手記もあった。
魔物たちを生む泉が世界中にあることや、その一部は人間の管理下に置かれていることも知った。
そこで生まれた魔物の運命は悲惨だ。実験体か、殺されるか、奴隷に売られるか、だ。
魔道具の作り方を書いた本もあり、ふと興味をそそられて作ってみた。
キルラクルシュの部屋は城の一番高い塔にあり、訪れる仲間もいなく静かで、少し退屈だった。
夜になってカーテンを開けると、仲間たちが月明かりの下を連れ立って歩いたり、談笑する様子が見えた。
―― 楽しそうだなぁ。
そう思ったが、話すのが苦手な自分が、楽しくあそこに混ざれるとは思えない。皆もそれで、気を使ってくれているのだろう。
食事も、話すのが苦手なキルラクルシュのために、いつも無言で生の野菜を置いていってくれる。
きゅうりやニンジンやトマトを、一人で静かに食べた。
皆と一緒に過ごすのは一年に一度、供物の来る日だけ。
あいかわらず人間の血は吸えないし、財宝にも興味はないけど、仲間はそんなキルラクルシュのために、自分たちの血を吸わせてくれるのだ。
そうやって、静かに静かに数十年を過ごした。
『――今年は俺だよ。まったく、気が滅入る……』
供物の夜まであと一週間という晩。魔道具の材料が足りなくなってこっそり部屋を出たところ、城の一室から、ふとそんな声が聞えた。
しっかり閉まっていないドアから、数人の声が漏れ聞える。
こっそり隙間から除くと、部屋の中では、安楽椅子に腰掛けた男女数人の吸血鬼たちが、苦い表情を浮べていた。
『人間達はとうに襲ってこなくなっても、キルラクルシュはいつまでもいるんだからな』
『本当ね。アイツさえこなければ、最高に楽しい夜なのに。同族の血を吸うなんて、気持ち悪い』
『やめてよ、あんなのを同族だなんて言わないで』
吸血鬼たちは溜め息を吐き、苦笑した。
『もう、番犬はいらないのに』
―― そっか。
静かにそのまま、部屋に戻った。
きゅうりを喉につかえさせたような感じで、苦しくてすごく嫌な気分だった。
―― 私、気がつかなかったよ。仲間だと思ってた。でも……違ったんだね。
キルラクルシュは仲間よりずっと頑丈で、傷もすぐ治った。だから、不死身の吸血鬼なんて言われていたけど、百年もの戦いで負った怪我は、いつもすごく痛かった。
―― わたし、いっしょうけんめい、がんばったよ?
仲間を庇って、槍で串刺しにされたこともある。足を潰され、半身を火で焼かれたことだってあった。両手の骨が粉々になった時は、あんまり痛くて大声で叫んだっけ。
でも、仲間の血を飲めばすぐ治ったし、皆は喜んで飲ませてくれていると思っていた。
人間を追い払うたびに、褒めてくれたから、すごく、すごく、うれしくて……。
目の奥が熱くなって、ポタポタ涙が零れてきた。
カーテンを開けると、いつのまにか夜があけていて、眩しい陽射しが肌をジリジリ焼いた。
…… そして一週間後。
供物の祭壇前に現れたキルラクルシュを見て、仲間たちは驚愕した。
いつもの無表情だがやつれきり、黒く長かった髪は真っ白に変わって、短く切られている。
そして手には、大きな空の袋を持っていた。
『キ、キルラクルシュ……今年は、俺の血を……』
おずおずと近寄る吸血鬼の青年に、首を振った。
『いらない。欲しいの、それ』
彼女が指差したのは、供物の金貨と銀貨だった。キルラクルシュが、今まで一枚も手に取ったことのないものだ。
『わたし、ごはんを買いにいく……お金、ちょうだい』
『……は?』
わけがわからないと言った顔をする青年と、ざわめく吸血鬼たちに、説明しようとした。
でも、何度も部屋で練習したのに、つっかえつっかえ単語を吐き出すのが精一杯だ。喉が変に引くついて、胃がムカムカして、ひたすら嫌な気分だった。
『もう、みんなの血、いらない。わたし、外に、いく。ここに、もどらない』
一人きりの部屋で、考えたのだ。
世界には人間に捕まって、酷い目にあっている魔物たちがいるらしい。
だったら、その魔物に優しくしてあげれば、キルラクルシュを好きになって、喜んで血をくれるのではないだろうか。
ここの皆が人間の襲撃に脅えていたころ、キルラクルシュを頼って好きだと言ってくれたように……。
うまく言えなかったけれど、たどたどしい言葉の一部は、皆の望んでいたことだったらしい。
好きなだけ持っていけと、袋いっぱいに金貨と銀貨を入れてくれた。
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