同衾始末-1
母屋では振袖に着替えて化粧をした琴音が口を尖らせてむくれている。
髪は流れるように艶やかで、口元の紅が鮮やかであった。
「父上、私はこのような女の武器を用いた格好をするのは好みません。
いつものように武者姿で話したいのです。殿方に媚を売るような真似は得意ではありません」
監物はそんな琴音の言うことには耳を傾けず、念を押した。
「良いか。とにかく婿に迎えるという約定を取り交わして桑野殿を3日後に殿の御前に連れ出すのじゃ」
「はい、でも父上。婿に迎えるのは今日明日でなくても何れいつの日かということで構いませんか。
私もそうですが、松蔵殿も心の準備と言うものがある筈です。こういうことは時間をかけて少しずつその気になりませんと、いきなりは無理です。
猫の子を貰う訳ではないのですから」
「とにかく必ず婿に迎えることを約定せよ。それが信じられないというなら夫婦の契りを先に済ませても良い」
「お父上、落ち着いてくださいませ。どこに先に契りを結ぶ話がありますか。
とにかくなんとか話をしてみます。それでも駄目なら2人で江戸に出て笠張りでもして日々を過ごしましょう」
すると無角翁が顔を出した。琴音が驚いていると松蔵を連れて来たという。
「松蔵、顔を出せ」
「けれど先生、拙者恥ずかしいのでござる」
「しのもの言うな!」
言われて出て来た松蔵の姿は、無精髭も消えて月代を剃って髷を結い、小袖に裃を身につけて颯爽と現れたのである。
琴音は目を見開いて言葉を失った。今で言えば髪をきちんとセットしてスーツ姿で現れたと考えて良いだろう。
「もしかしてあなたさまは、松蔵殿か?」
琴音はようやくそう言うとまた黙ってしまった。これが今まで居候して一緒に稽古したあの兄弟子か。
これが……稽古の後、股を広げさせ内股の筋を弾いて女の芯を潤わせた、松蔵殿か。
そこまで考えると琴音の顔は真っ赤になった。思い出してしまったのだ。
ところが言葉を失ったのは琴音だけではなかった。
松蔵は目を擦って琴音を見た。若武者姿も凛々しく美形であったが、振袖姿に
薄化粧をした琴音の姿は天女のように美しかった。
さすが筑島藩の『今小町』と歌われた美少女であり、この美しい姫君と今まで稽古して共に汗を流してきたのかと松蔵は我が目を疑った。
この美しい姫君の股を広げて内腿の筋を女の芯の近くまで触れて弾いていたのかと。
そこまで考えると顔から火が出るように熱くなった。
2人とも顔を赤く染めて俯いているところを確認して無角翁は言った。
「さて、このことをはっきりさせておきたい。今多田殿のお家の一大事じゃ。
それを解決するためには、さぞかし気が進まぬじゃろうが、松蔵、おぬしが多田家に婿に入るのだ。
そして筑島藩の剣術指南役を引き受けること。これを断ることはできない。
断ればおぬしは破門にする。さあ、どうじゃ。異存はあるか」
「あ……ありません。無角先生」
すると今度は監物が琴音に向かって言った。
「わしもはっきりさせたいことがある。
お家の一大事を平らけく収めるために気が進まないかもしれぬが、松蔵殿を婿に迎えて夫婦の契りを結ぶのだ。
契りを何度も結んで子を為すのだ。そして筑島候に松蔵殿を剣術指南役に推挙して我が家門を救うことができるようにする。
これは家長としてわしが決めたことなので、従ってもらう。以上のことに異存があるか。どうじゃ」
「異存はありませぬ」
すると監物と無角は顔を見合わせて笑うとその場を去ろうとする。
「師匠、父上。いずれに参られるのですか」
琴音の問いに無角翁が笑いながら言った。
「これから離れに行って2人で酒を飲み明かす積もりだ。その間お前達は夫婦の契りを今夜中に結ぶのだ」
「な……何を仰るのです、師匠。まず祝言を挙げて婿として迎え入れてからの順序ではありませぬか」
「駄目じゃ。お前達が夫婦の契りを結ばない限り、安心して枕を高くして眠れぬ。
明日の朝までに契りを結ばなかったら、我々2人が立会いの下で2人を契らせるぞよ。
これは戯言ではない。何故なら男女の間柄ほど不確かなものはないからだ。
夫婦になったかどうかはわしが見ればすぐわかる。
奥の間に床も敷いてあるし。風呂も沸かしてある。交わり方が分からねば、枕絵も床に用意してある。
それでも分からねば大声で呼べば離れから馳せ参じて手取り足取り教授して進ぜる。
では確かに申し渡したぞ。」
無角はそう言うと監物を促して離れに入って行った。