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少女剣客琴音
【歴史物 官能小説】

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見合い試合-1

鎌田家の庭で2人の剣客が対峙していた。
浅岡啓次郎は木刀を中段に構えた。対面して右下段に構えて誘っているのは5尺にも満たない若い女性だ。
前髪の間からきりりとした眉が覗く色白の女性剣士。彼女こそ城下の実松道場の元師範代、多田琴音である。
『突きを入れれば一本取れるが、喉や顎を打ち砕けば折角の美形がもったいない』
啓次郎は自分なら勝てると自信があった。
実松道場の元師範代と言っても小さな道場であり、道場主の実松某とかも老齢で剣客としても無名に近い存在なのだ。
それに引き換え自分は城下でも一番大きな桜庭道場の目録であり、一刀流の免許皆伝なのだ。
浅岡家の次男としては、家督を継げず婿になって他家に入るしかない身だ。
それゆえ幼い頃から精進に精進を重ねて武芸を磨き剣の道に打ち込んできた。
そして幸いにも浅岡家よりも格上の多田家の一人娘琴音との話があったのだ。
「琴音殿は剣において自分より優れた者でなければ婿として迎えないと言うのだ」
話を持って来た鎌田老人は浅岡家の遠戚である。
「故に見合いは見合いの形を取らず、試合という手はずになる。試合で相手の琴音殿を打ち負かせばよし、引き分けたり負けたりすれば破談になる。
この場合遠慮はせず、生意気な女子衆の児戯剣法を打ち砕いてみせるがいい」
鎌田老人の言葉が啓次郎の脳裏に蘇った。打ち砕く……そうだ。最短距離の鳩尾(みぞおち)を狙えば相手も受け太刀する間もなく一本取れる。
そしてこの突きはかわすことのできない必殺技『野分(のわき)』だ。
息を吸い込み息を吐き出すときが一瞬である。
剣先と琴音の鳩尾の間は僅か半間、『今だ』とばかり啓次郎は飛び出した。
「でやーーぁぁぁ!」
啓次郎の木刀の先は琴音の鳩尾に吸い込むように突き刺さった……かに見えた。
だが飛び出す直前に右下段に構えていた琴音の木刀は更に背後に隠れて見えなくなり、左足を軸にして体が回転したかと思うと……。
啓次郎は剣先が琴音の鳩尾をかすったと思った。そして一瞬の琴音の背中を見た。
敵に背中を見せるとは……と驚いた時右首筋に衝撃があった。
右手だけで木刀を長く持ち、右半身を前にした琴音が自分の首筋に木刀の先を当てていたのだ。
寸止めにする積りが体の回転が速かったために、首筋にピシリと当たったのかもしれない。
けれども打ち身になるほどの衝撃ではない。衝撃は心の中にあったのだ。
「も……もう一本」
木刀を引いて数歩下がった琴音は一礼してから啓次郎に言った。
「この次、浅岡殿が私から一本取って引き分けにしたとしても結果は変りません。失礼」
再度琴音は一礼すると踵を返して鎌田家の屋敷から足早に立ち去って行った。

「啓次郎殿……」
鎌田老人が動揺した様子で駆け寄って来た。
「まさか貴殿が負けるとは……夢にも思わなんだ。琴音殿の腕は女子としては相当なものとは聞いていたが、今までの縁談で対決した者たちは剣の腕は並みの者ばかりだったので……」
だが啓次郎は老人の言葉が耳に入っていなかった。
城下一の剣道場である桜庭道場の目録を取り、桜庭の小天狗とまで歌われた自分のこれからはどうなるのだ。
小さな道場の女剣士に一撃で負かされたとなれば、道場の先輩後輩達にも顔向けできない。
城下を歩けばその噂は枯野の火事のようにあっという間に広がり、『女に負けた目録』と笑いものにされるに違いない。
そうだ! わざと負けたことにしよう。その生き証人である琴音を亡き者にすれば真相は誰にもわからない。
啓次郎は絶望の中から光を見つけたような気になったが、それは実際光でもなんでもなく、暗闇に蠢く怪しい鬼火のようなものだった。

 


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