因縁試合-1
月岡宗信は声高だけに言った。
「ただ今より黒田玄武と多田琴音の試合を行う。では各々用意は良いか」
「は」「はい」
「始め」
「でやぁぁぁぁぁ」
琴音は飛び上がりざま大上段に玄武の頭上に木刀を振り下ろした。
その跳躍の高さに人々は驚いた。6尺は優に飛び上がっているのだ。
だが玄武は受け太刀をせずに身を翻すと着地した琴音の左側から首を狙って木刀を振り下ろした。
だがその木刀は撥ね返されてしまった。琴音は振り下ろした木刀をひゅんと捻って撥ね上げたのだ。
撥ね上げたと思ったら下に下げた。すると玄武の木刀も巻き込まれて下に下がった。
その時懐に潜って琴音は間合いを縮め下から斜め右上に掬い上げるように逆袈裟懸けに斬り上げた。
衣服を掠って玄武は後ろに飛び退き辛うじて避けた。
「小癪な……妙な技を使いおる」
だが琴音は相手を休ませない。『水流』を用いて3連続の攻撃をした。
それは流れる水か吹き抜ける風の如く横胴、籠手、面の攻撃が淀みなく行われた。
その間太刀合わせはなかった。だが玄武は紙一重の差でそれをよけた。
玄武はにやりと笑った。次は『破の剣』か。それならそこに移る前に隙ができる。
「うりゃああああ」
『破の剣』の構えに入るほんの僅かな間隙を狙って、琴音の喉元に突きを出した。
必殺の下から掬いあげるような突きである。一刀流が『水鳥(みずどり)』と呼んでいる技だ。
水面下から水面に浮かぶ水鳥を串刺しにするという意味がある。
剣先を下に下げていた琴音は木刀を上に撥ね上げそして絡めると大きく廻した。
玄武の木刀は一緒に廻って、危うく撥ね飛ばされそうになった。
「とぉぉぉぉだぁぁぁぁりゃぁぁぁぁ」
またしても3連続の攻撃が始まった。琴音の『破の剣』だ。
玄武は木刀で受け太刀しながら手が痺れるほどの衝撃を感じた。
その直後琴音は玄武の木刀を絡めるとぐるぐると廻し撥ね上げた。
玄武も知らなかった長髪剣の技である。
弧を描いて木刀は飛んだ。だが琴音は追撃せずに目顔で木刀を拾えと玄武に言った。
宗信は勝負あったを告げようとしたが、琴音はそれを手で制した。
「手が滑ったのでしょう。こんな勝ち方は嫌です」
「続けなさい!」
宗信はそう言うしかなかった。だが手が滑ったとは思わない。
あれは明らかに高度な剣法の技なのだ。宗信はそう思った。
玄武は最後の手段に出ようと思った。やはり必殺の技の代表は『野分』だ。
あの『水車』封じの『野分』を琴音は見ていない筈。見たとしても破れまい。
だとすれば水車を使わせよう。玄武は誘うように野分の構えでじわじわと剣先を琴音の鳩尾に向けて間合いを縮めて行った。
すると琴音も左半身に構え右後方下段に剣先を向けた。前に出ている左足を軸にして回転し右の首筋を打つ積りだろう。
だが鳩尾を狙っているように見せかけて実はその少し右に突きを出すのだ。
そうすれば左脇腹に穴を開けてやることができる。
この自分を婿に迎える気がないなら死んでもらうしかない。
命が助かっても二度と剣を持てない体にしてやろう。
無角は『罠だ。琴音、水車は駄目だ』と心の中で叫んでいた。
だがどこかでそれほど不安でない気持ちもあった。
玄武は琴音が動くのを待った。水車を仕掛けてきたときがお前の命運が尽きる時だ。そう待ち構えていた。
だが待てども待てども水車を仕掛けてこない。では野分を先に仕掛けるか。
だがそうなれば相手は間に合わなくなり脇腹の穴が開くのは必定だ。
玄武は鳩尾の左横を狙って野分を仕掛ける決意をした。その時琴音の木刀が背後に隠れた。今だ。
「でやぁぁぁぁぁぁぁ」「とぉぉぉぉ」
突いた先には琴音の脇腹はなく、琴音は左足を下げて玄武の木刀を絡めた。
そして上に撥ね上げたと見るや、右足を軸に回転し玄武の左側面から首に剣先を当てた。
「それまで!」
宗信は琴音の勝ちを宣言した。
玄武は力が抜けた。野分が敗れたのは偶然ではなかった。野分を仕掛けようとしたとき、どこを狙っているのか気を読んだのだ。
だから逆の風車で野分を破ったのだ。もはやこれまで。
玄武は新兵衛を呼ぶと懐剣を手にした。
「介錯してくれ。腹を切る」
宗信はそれを止めた。
「御前を血で汚すのは止めよ。別の場所に案内するゆえ、そこで己が言葉を守るが良い」
藩士に案内されて玄武がいなくなると、藩主の筑島候は琴音に言った。
「さあ、まさかのことが起きてしまった。
黒田玄武に打ち勝ち家門の名誉を守ったのは天晴れと言わなければならぬが、宗信の後釜はどうする?
3日以内に余の前に連れて来れるのか、来れなければ多田家は立ち行かなくなるぞ」
「実はもう心当たりがあります。桑野松蔵という人物がおります。ですが殿の御前に連れて来るまでには3日の猶予が必要なのです。」
「そうだったな。確か3日と約束した。では3日後に会おうぞ。だがなるべく早いに越したことはない。今日でも明日でも待っておることを忘れるなよ、」
筑島候はカラカラと笑って座を立って行った。
それを頭を下げたまま琴音は見送る。
遠くで「御免!」という声がした。玄武の介錯をした新兵衛が発したものらしい。
「これで終われば良いが……」
そう呟いたのは無角だった。
「さあ、監物殿。忙しくなりますぞ」
「さようですな。無角殿早速我が屋敷へ来られよ」
そう言うと2人は琴音を置いて屋敷に戻って行った。