秘密の日記-5
「どこの馬の骨とも分からん野犬に犯されて、更に妊娠でもしてしまってたら……もっとショックだろ?」
「……そ、そんな…… 動物とでも、妊娠するんですか……?」
真奈美は、絞り出すように、か細く震える声で質問した。
「さあねえ。だが、あれだけ激しく交尾したんだ、ひょっとするとひょっとするかもよ。 ふへへへッ!」
真奈美は、もう何も考えられず、言葉に詰まってしまった。
(待って! ……そうだ、沙夜子さんからもらった薬…… 確か、黄色の錠剤は妊娠しないように飲むんだった……)
そのことを思い出した彼女は、まだ希望の光が灯っていることに気が付き、安堵した。
「ククッ、とにかく、この写真を持っていって警察に被害届を出そう!」
「ええっ! それだけはっ! それだけはイヤっ!」
男のいきなりの提案に、真奈美はびっくりして制止した。
「おや、どうしてなんだい? 被害者は、お嬢ちゃんなんだぞ? 泣き寝入りしなくていいんだ。お兄さんが代わりに、全部言ってあげるよ!」
「あのっ、そのっ……止めてください、今は……」
「遠慮しなくていいよ、さあ、勇気を出して。」
男はニヤニヤと笑みを見せながら、まるで楽しんでいるように見える。
「もう、いいですから、そっとしてください! 写真、返してください!」
真奈美は、開き直ったのか、強い語調で男に訴えた。
「分かったよ、写真は渡そう。ほら!」
男が差し出した写真をひったくると、真奈美は逃げるようにして、学校に向かう河川敷の道を走り去った……。
「おはよー、まなみぃ」
学校に着くと、黒髪でロングボブの姫カットが似合う少女が駆け寄ってくる。真奈美と同じクラスメイトで親友のメグミだ。
幾久萌美。と書いていくひさメグミと読む。
「おはよー、メグ」
「まなみ、なんか疲れてるよ? お片付けの日かなー」
萌美は首を斜めに傾げて、真奈美の顔を覗き込む。
大きな瞳をさらに広げて、くりくり動かしている。
140センチにも満たない小柄な体は、とても中学生には見えない。
少し大げさな仕草がアニメチックなその少女は、ロリータ好きのオタクには結構ウケるに違いない。
「ちっ、ちがうよー! ……そう見える?」
「目の下に、ちょっとクマ入ってるしー……」
萌美は、小学校からの友達だ。教室では席が隣同士なので、ノートや筆記用具の貸し借りはもちろん、日記も交換している。大の仲良しなのだ。
――二人揃って教室に入ると、既に担任の平山先生がいた。
「ほら、二人とも殆ど遅刻よ! 朝礼の3分前には着席するように!」
「はーい」
萌美と真奈美は同時に返事をしたので、思いがけずハモってしまった。
「二人そろって何処までも仲が良いのね、うらやましいわ」
少し呆れ声でグチをこぼした後、彼女は教壇に立った。
平山先生は女性の教員で、国語を教えている。三十路の独身だ。少しカールさせたロングヘアの似合う長身で、グラマラスなボディをシャネルスーツで固めている。
「さて、先週の宿題はやってきましたか? 各自、机に上に広げてください!」
「え!……宿題?」
真奈美は、ぎくりとした。どうも先週の事はよく思い出せない。いずれにしろ、金曜日の夜から日曜日の夜まで、殆ど犬との交尾やオナニーで、勉強どころではなかった。
「まなみぃ、宿題忘れたの?」
萌美が驚いたように声をかけた。
「ん……忘れたっぽい。 というより、どんな宿題が出たのかも思い出せないよ……」
「ええー! まなみらしくないー…… ほら、今日やる教科書の内容を昨日あらかじめ読んでおいて、後の問題の回答を考えておくの」
「そういえば、そうだったっけ……?」
生徒たちは、ノートに書いた宿題の回答を拡げて机の上に置いた。
「あら、どうやら宿題を忘れたのは、芹沢さんと春日さんだけみたいね!」
(ええ? メグも?!)
一人だけ宿題を忘れてた真奈美が、とても恥ずかしい思いをするだろうと思うと、萌美は彼女を放っておけなかった。
とっさに自分も宿題を忘れた事にして、恥ずかしさを分かち合おうと考えたのだ。
萌美を見つめる真奈美に、彼女はウインクで応えた。
「ごめん、メグミ……」
……ところがこの後、真奈美の失態はまだまだ続くのだった。