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人狼少女は本能のまま恋をする 
【ファンタジー 官能小説】

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選択の権利-3

突き刺さる月光は変わらないはずなのに、耳鳴りも苦しいほどのたぎりも、嘘のように引いていく。
 自分でも気づかないうちに、狼の身体から人の身体に戻っていた。
 全身から一気に力が抜けて倒れそうになり、駆け寄ったチェスターに抱きとめられる。
 素肌の身体に、チェスターの着ている柔らかなチュニックの感触が心地いい。

「間に合ってよかった。アンが急にいなくなって探してたら、お客さんが廃教会のことを聞かれたって言うから……」

「ごめんなさい……」

 ぐったりと抱かれたまま、ポツポツと事情をかいつまんで話した。

「チェスターを忘れろって言われて……あのピンも、壊されちゃったの……そうしたら、目の前が真っ赤になって……私、狂うところだったのね……」

 人狼の濃すぎる血が引き起こす、発作という狂い病は、混血の自分には無縁だと思っていた。
 チェスターが頷き、ポケットから小瓶を取り出す。ラベルには、父が作った鎮静剤の名前が書いてあった。

「ああ。混血ならよほどの事がなければ起きないはずだけど、アンは人狼の特徴が強いからって、心配したルーディ兄から薬も渡されてた。でも、今日はもう必要なさそうだ」

 チェスターに抱きしめられたまま、黙って頷いた。
 目の奥が熱くなって、瞑った目端から涙が零れ落ちる。

「私……もう少しで……」

 困った父だ。娘に甘すぎる。
 鎮静剤までこっそりとチェスターに渡しておきながら、アンに何も言わなかったのは、娘に自分と同じ不安を抱かせたくなかったのだろう。

「もう少しで、チェスターにも襲い掛かるところだった」

 いつ発作を起こし、自分のつがいにすら襲い掛かってしまうかも知れない不安を、父も常に抱いていたから。
 そして父は、双子の性格もちゃんと理解していた。
 アンは普段の威勢はよくても、実のところ内面はそう強くないし、いざ肝心な部分では、よくしりごみしてしまう。
 その点では、一見は大人しいロルフのほうが、土壇場でずっと思い切ったことを軽々とやってのけるのだ。
 だから父は、アンが自分も発作を起こす可能性があると知ったら、絶対にこう言い出すと知っていたのだろう。


「チェスター、愛してるの……だからもう、一緒にはいられない……私はフロッケンベルクに帰る」


 チェスターは人間の中では滅多にいないほど強い。手負いとはいえ、純血種の人狼を一撃で仕留めるほどだ。
 それでも発作を起こした人狼は、同族すら手を焼くほどの凶暴さを発揮するのだ。

 発作が起きるのは一瞬だ。
 慣れていなければ薬を飲むのが間に合わない可能性もある。
 そんなリスクを抱えて、愛しい相手の傍に寄り添うには、アンは臆病すぎた。

 視線を床に落とすと、半分に砕けてひしゃげた銀の星が、月光に煌いていた。
 星型の古いピンは、チェスターが昔くれたものだ。

 毎年、隊商で野営をしながらチェスターと焚き火を囲み、一緒に満点の星空を見上げるのが、たまらなく好きだった。
 アンは狼の姿の時も、人間の姿の時もあった。
 彼はどちらでも、変わらず接してくれた。

 そしてアンと約束を交わした旅路の最後、北国の王都での別れ際に、また一緒に星空を見上げる日までこれを代わりの星にと、あの星型のピンをくれたのだ。
 宝物だった。
 アンが人間になっても狼になっても、変わらずに煌めきをくれる、かけがえのない星だった。

「……さよなら」

 名残惜しい腕をそっと押しのけようとしたが、反対にぎゅっと力を込められた。

「絶対にダメ。もう俺を選んでくれたんだから、今さら取り消しは認めない」

 怒ったような声と共に、息が止まりそうなほど強く抱きしめられて、アンは驚愕した。

「だ、だって私、人狼だし!」

「そんなの、昔から知ってるじゃないか」

「また、いつ発作を起こすか……」

「人狼の発作くらいでうろたえていたら、バーグレイ商会の首領は務まらない」

「でも、でも……」

「俺を甘く見ないでくれよ。人狼よりもずっと強引で貪欲なんだ。欲しいものは、絶対に手に入れる」

 抱きしめる手が離れ、アンの頬に添えられる。まっすぐに見つめられた。


「何度だって、アンに俺を選ばせてみせる」


 かあぁと、一瞬で顔が真っ赤になるのを感じた。

「う……」

 言葉に詰まったまま口元をわななかせていると、チェスターが軽く顔をしかめる。

「まだ何かある?」

「だ……だったら、なんでいつも、最後まで……してくれないの……?」

 パニック気味の頭で、しどろもどろに尋ねると、今度はチェスターが顔を赤くした。
 困ったように視線を逸らし、「あー」とか「うー」とか唸っている。

「俺だって、したくなかったわけじゃ……あー、なんていうか……最初はそんなつもりじゃなかったんだけど……ちょっと、途中から意地になっちゃって……」

「意地?」

「っ! もういい加減、戻らないとヤバイな。皆も近くで待機してる」

「ズルイ! 誤魔化す気ね!」

 憤慨して立ち上がると、チェスターが重ね着していたチュニックを一枚脱いで、素裸のアンにひっ被せた。

「もががっ!?」

 絡みつく柔らかなチュニックから、アンがようやく頭を出すと、ひょいと手を取られた。

「怒らないって約束してくれるなら、後でちゃんと話すからさ」

 人狼よりずっと強引で貪欲で、おまけにしたたかな赤毛の商人は、子どもと約束するように、小指を絡めて笑った。



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