選択の権利-4
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チェスターはてきぱきと指示を出し、バーグレイ商会のメンバーたちは、街の守備兵に連絡したりと、それぞれの役割を迅速に果たす。
例の人狼は、ただの迷い込んだ狼の遺体として処理され、街の酒場などでは、それなりに尾ひれのついた噂が飛び交った。
そして二時間後には、何事もなかったかのように、バーグレイ商会は街外れのキャンプ場で夕食を作り食べていた。
ただし、アンはチェスターと馬車の中に引っ込み、ちゃんと自分の服を着て、向かい合わせに正座していた。
事情聴取の開始だ。
「――つまり……アンにできるだけ痛い思いをさせたくないから、最初の一、二回は慣らすだけにしようと思ったんだけど……」
チェスターは悪戯がバレた子どものように、そわそわと視線を彷徨わせて白状する。
「アンはずっと目を瞑って顔も隠して、俺を見てもくれないし……それが悔しくてさ」
「……え？」
思いもしなかった不満を告げられ、アンは目を丸くする。チェスターが軽く溜め息を吐いた。
「俺も不安だったんだよ。これだけ歳も離れてるし。アンは子どもの頃の話を真に受けられて困ってるけど、引っ込みつかなくなったんじゃないか……とか」
「そんな……恥ずかしかっただけで……」
今度はアンが、モジモジと指をいじりながら白状する。
「それに、チェスターが凄く慣れてるみたいで、ちょっと妬いちゃって……そんな顔も、見られたくないし……」
そういうと、チェスターは嬉しそうに口元をムズムズさせていた。
「へー、ヤキモチ……可愛いなぁ」
楽しげに笑われ、アンはいっそう赤面する。
思わす両手で顔を覆い隠すと、ペロリと耳朶を舐められた。
「ひゃんっ！？」
驚いて手を離すと、すぐそばに焦げ茶色の陽気な瞳があった。
「まぁ、慣れてるのは否定しないし、考え方にもよるだろうけど……厳密に言えば、最後までの経験はないんだよね。それでも妬く？」
「……え？」
意味が解らず首を傾げるアンに、チェスターが説明してくれた。
バーグレイ家は何代も前からフロッケンベルクの密偵機関を務めているが、そのさらに先祖は大陸の東南で、やはり別の王家の密偵を務めていたそうだ。
様々な事情からその地を離れ、大陸の北西へと移ってきたバーグレイ家だが、昔からの密偵技術や教えなどは、今もいくつか残っている。
その中には、相手に性的な快楽を与えて堕とすやり口もあるそうだ。
「……これは東西かぎらずによく使われる手だし、効果も高いんだけど、俺や母さんは、あんまり好きじゃないんだよな」
少し言い訳するように、チェスターは慌てて付け加える。
「とにかく重要なのは、相手を溺れさせることで、自分が溺れちゃ意味ないから、最後まで抱く必要はないんだ。
でも、練習相手には内緒で、しかも貞操を守りたきゃ自力でなんとかしろってのが、ご先祖さまから伝わる無茶苦茶な課題でね」
そしてコホンと、気まずそうに咳払いして、説明を続けた。
「だから……俺なら娼館の姐さんとかに身体の扱い方を教えてもらうけど、最後までしないのに不満をもたせないとか、怒らせないように話術で誤魔化したりとか……結局、こういう技術も密偵には必要になるんだから、文句も言えないんだよ」
自分で言っていて辛くなってきたらしく、チェスターはがっくりと凹んでしまった。
深い溜め息をついて、ちょっと涙目だ。
「えーと、じゃあ、つまり……」
アンはゴクリと唾を飲む。
女性を責めるテクはメチャクチャ持っていても……。
チェスターが、ジロリとアンを睨む。
「……はいはい。もう身内で散々ネタにされてきたから。俺は未だに『清い身体』ですよ」
そして心底くたびれたというように、天井を見上げて息を吐いた。
「俺も、身体は健全な男だよ？ 生理的な欲求も当然あるさ。けど、本当に好きな女の子が出来た時に後悔したくないから、そりゃもう必死で頑張った」