無謀1-2
虚脱したようにロビーの長いすに座っていると、両手で抱きかかえていたハンドバッグに振動を感じた。ハッとしてケータイを取りだし、液晶画面を見て唇を噛んだ。
大通りを横手に入った、人気の少ない裏通りにある小さな喫茶店が待ち合わせ場所だ。最近、ここを使用している。シックな装いのこぢんまりとした店内は好みだった。初老のマスターが一人なのもいい。定年退職後にこの店を開いたらしい。ここなら誰にも気付かれることはない、というわけだ。
近くにきた旨をメールすると、喫茶店を通り過ぎて角を曲がったマンションの裏側で待っていて欲しいと返信があった。そこは独身用の社宅に利用されているワンルームマンションがあり日中はまず人はいない、と田倉が説明していた。確かにここなら知り合いに会うことはない。
カジュアルな服装の田倉がやってきた。
「娘さんの修学旅行は五泊六日でしたね。とすると、帰りは火曜日ですね」
会うなりそういった。
「最近は土日を挟んで修学旅行に行くのですね。知らなかったなあ。我々のときは三泊四日が定番でしたが、これじゃぁ先生も大変だ。生徒は楽しいのだろうけれど」
のんきな声で話している。
「会社を休まれたのですね」
言葉の中にとげがあると自分でも思った。
「連絡したときからご機嫌斜めだったですね。わたしが佐伯君に出張を指示したから?」
意地の悪い質問に唇を噛む。田倉が顔を覗き込む。瞬きをしながら顔を背けた。
「おや、目が赤いですね」
めざとく見つける。
「さっきちょっと、目にゴミが入って」というのを無視して「どうしたのですか、泣いたの?」と声を被せる。田倉の表情は険しい。
「空港で佐伯君と別れるときに泣いたのですね」
嫉妬心を隠そうとしない。
「そうなんですね」
いきなり奈津子の肩を抱いて早足で歩き始める。
「あ、待ってください」
戸惑いながら訴えるが耳を貸さない。人の目を気にしながらも従うしかない。大通りに出るとタクシーを止めた。告げた先が自宅の近くだったので不安になり、田倉の横顔を見上げた。