言えなかった「好き」-3
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恵ちゃんと別れたって連絡を受けた時は、まさかこんな展開になるなんて思わなかった。
またいつものパターンで、あのバツの悪そうな苦笑いを浮かべながら「くるみ、やっぱり無理だったわ」なんてあたしの元に帰ってくるものとばかり思っていた。
だから今日、あたしはまた陽介と前みたいに身体を重ねて過ごすつもりでいた。
着替えとかメイク道具とか、お泊まりの用意を持って来たって言うのに、違う形で着替えが役に立つなんて思いもよらなかった。
「……お湯出してるから、たまったら陽介もお風呂入りなよ」
水色のパイル地のルームウェアに身を包んだあたしは、バスルームから出てくると、煙草をふかしている陽介に声をかけた。
「着替え持参してるなんて、準備いいね」
陽介はあたしの格好をチラリと見ては小さく笑う。
今までの流れを知ってるくせに、白々しい。
身体の関係を持って以来、あたしがここに来る時は必ずお泊まりになることをわかってるくせに。
あたしは自分の物をここに残せないから、お泊まり道具を持ってくることをわかってるくせに。
ルームウェア一つ、この部屋に置いていけないあたしと違って、ここにあるのは恵ちゃんの痕跡ばかり。
昔のカノジョのマグカップは無くなって、今度は新しいマグカップや食器が棚に並び、恐らく恵ちゃんが愛用しているメイク落としやシャンプーなんかがバスルームを占領している。
多分、ご飯なんかも作ってあげてたのだろう。
狭い台所に、使い勝手よく整理された調理器具が並べてあるのが見えた時は思わず舌打ちをしてしまうほど。
でも、もうこんなの置いてたって仕方ないでしょ?
あなた達は、別れたのだから。
恵ちゃんのものを全て窓から投げ捨ててやりたい衝動を抑えながら、あたしはゆっくり座り込んでいる彼の姿を見下ろした。
陽介は、ボーッと一点を見つめながら、ぼんやり煙草をふかしている。
その骨ばった長い指も、細いくせに適度に締まった身体も、尖った喉仏も、大きな足も、みんなみんな大好きで。
今までなら陽介のためにと想いを隠していたけれど、恵ちゃんという存在がこうもあたし達をかき乱すのなら、もう形振りなんてかまっていられない。
あたしだって本当は、陽介に愛されたかったんだから。