ポニーテールを解いてくれ-5
思い返してみると、人の日常とはほとんど変化のないものだ。多少の起伏があっても何事もなく過ぎてゆく。ある時、振り返って、いろいろな出来事があったと気づき、自分も周りも変わってきたのだと驚く。
変化を感じないのは平穏だということだろう。幸せなことなのだ。仕事もそこそこうまくいっている。家も手にした。ローンは残っているが将来的な問題はない。家族四人、特に確執もなく過ごしている。思春期の子供たちとはやや溝を感じるが、どこの家にもあることだ。
妻とは頻度は減ったものの、夜の営みも求め合うほど続いている。むしろ彼女の方が積極的で、夥しい秘部の蜜液に驚く夜もある。先夜など寝ていた私のパジャマを脱がして咥え、扱き立てながら体を反転させて『69』の体勢をつくってきた。いまのところ倦怠期の片鱗すら見当たらない。
だが人の心は飽食暖衣とはいかない。いつでも何かを受け入れる隙間がある。不足していなくても無意識のうちに心は常に彷徨っている。
翌朝、家を出て間もなく着信があった。
『7:36分に乗ります』
いつもより一本早い。最も混むので避けていた電車である。
(学校の都合があるのか……)
ともかくメールをくれたことが嬉しかった。
(彼女の中に私がいる)
早足で駅へ急いだ。
いつもの場所に彼女はいた。珍しくせわしなく目が動いている。私を探している!
人の合間に目が合うと頬が緩んで、すぐに俯いた。
何か打とうか。壁際に行き、携帯を取り出した。
(ありがとう)……いや、変だ。どういう関係だと思っているんだ。
(おはよう)……気の利いた言葉はないのか。
(間に合った)……。
迷っているうちにメールが入った。
『後ろについてきて』
どういう意味なのか、考える間もなく電車が入ってきた。人をかき分けて少女に近寄っていった。
扉に人が殺到する。この時間ここで降りる乗客はまずいない。空くことはないからうかうかしていると乗り切れなくなることもある。押しのけるように身を入れていった。
(すぐ後に付きたい。付かなければ……)
女子高生を追っているように見えないか。気にかかったが彼女の指示なのだ。
なだれ込むように乗り込み、少女の後ろを離れないように動いたつもりだったが一人の力ではどうにもならない圧力にぴったり付くことは出来なかった。
二人の間には中年の女が挟まった。少女は車内の角で背を向けている。あと一人躱せれば……。しかし身動きがとれない。手を伸ばせば少女がいる。……
そのまま下車駅まで少女の襟足を見つめていた。
押し出されるように降りる時、彼女の一瞥は冷ややかに感じた。
電車が動き出してすぐに鈍い音が鳴った。掌の中で確認する。
『明日も同じ電車。ぜったい後ろにきて』
ゆっくりと雲が流れていくように、私は読み終えてから考えを巡らせた。
私が尻を触ったことを知っていた。触ったといっても掌を当てた程度だったが、彼女は私だと見抜いていた。その頃から私の存在を意識していたということだろうか。
どんな思惑を持っているのか。まさか痴漢行為を仕立て上げて報復するつもりではないだろうが、そんな疑問も湧いてくる。
(見極めなければならない……)
思いながらも、
(それはない……)
あの子にそんな姑息な思慮はあり得ない。
自分が惚れた少女を信じたかった。信じていたかった。
(惚れた……高校生に……)
いいではないか。愛しいもの、愛するもの、ときめく相手、その形式、対象は決まってはいない。
「押して」
小さい声だったが、少女は確かに言った。
翌朝の電車に乗る時、私に寄り添ってきて、さりげなく腕に手をかけた。ドアが開くと、
(さあ、いくわよ)
まるでそんな言葉が聞こえるように人群れに突進した。
肘を張って彼女に続く。間に誰も入れない。ラッシュとはいえ女性に密着するのは気になるものだが、いまは一体になって押し込んでいく。ポニーテールが顔に触れる。そして下半身も後ろから結合したようにぴったりつけたまま車両の片隅にパズルみたいに嵌った。
電車が動き出して揺れるとわずかな隙間ができる。満員とはいえ背を向けた女子高生を被うような体勢は不自然である。体をやや斜めに変えた。すると少女の手がまさぐってきて私の手首を掴んだ。
緊張が走って咄嗟に手を引いたが、さらに力が加わった。このまま声を上げられたら。
『この人痴漢です!』
だがその手はそっと尻へと導かれていった。自ら私の手を当てたのである。そして示唆するように擦り、握った手を離した。
(ああ……制服に被われた少女の尻……)
姿勢を崩さず、顔を窓外に向けたまま、そっと撫でる。
(柔らかい……)
ぞくぞくとした恐怖を交えたような快感である。摩ると尻が収縮するのは感じるからなのか?
桃割れ部分を辿る。この指の数センチ先には神聖な秘肉が湿潤な扉を閉じている。強張りが解けて勃起した。その時である。
「あんた何してる」
ぐいと肩を引かれた。振り向くと屈強な若い男であった。
「え?」
「え、じゃない。何をしていた」
「何も……」
「変なことしてたんじゃないか?」
すし詰めの客が一斉に顔を向けた。慌てた。
「きみ」
男は少女に呼びかけた。
「変なことされてたでしょ?」
「変なことって?」
「この男に触られてたでしょう」
「痴漢か?」声があがった。
「いいえ」
「ほんとう?怖がらなくてもいいんだよ」
「怖がるって、どういうことですか?私の父ですよ。失礼な」
驚きよりも唖然とした。
「お父さん?」
「そうです。変なこと言わないでください。訴えますよ。ねえ、お父さん」
「いや、いいんだ……」
男は何度も謝り、私は耐えるような心地であった。