(第二章)-2
淡い洋燈の灯り中で、ノガミの唇が音もなく私の窪みのすべてをまさぐろうとしていた。彼の
唇が、私の下唇を吸い上げ、首筋から肩甲骨の翳りをなぞり、くすぐるように腋窩を撫であげ、
胸の谷間から下腹部までのすべての窪みを這ってくる。
「肌の湿り方がいつもと違う…とてもいい匂いがするよ…」と、ノガミが囁いたとき、私は彼
の視線を故意に避けようとしていた。
ノガミの細やかな愛撫が私の肌の上で仄かな光を帯び、よじれながら戯れる。私は裸身をくね
らせ、突き出した下半身を悩ましくよじる。ノガミの裸体が、琥珀色の灯り中でタツヤの幻影
となり、溶けた飴のように変容していく。
私はノガミではなく、タツヤに抱かれようとしているのだ。気だるい憂いに包まれた目の前の
男の肢体はノガミのものではなく、肌の体液や香りさえタツヤのもののような気がした。
「あなたって、息子さんがいるのかしら…」
「どうして、急にそんなことを聞くんだ。ああ、ひとり息子がいるが、ずっと会っていないな
…」と、ノガミが私の乳房を揉みあげるように愛撫しながら言った。
「何となく聞いてみただけだわ…」
私はノガミに抱かれながらも、あのとき出会ったタツヤの物憂い視線をからだに吸い寄せよう
としていた。タツヤという男との蒼白い夢想を私は閉じた瞼の裏でもがくように求めていた。
私の肉襞の中にある黄昏色の雲母の翳りは、タツヤの肉体をうっすらと描き始め、やがて蠱惑
的な光によってまぶされていく。私の血潮が輝きを増し、その波光は瑞々しく煌めいていく。
タツヤという男によって、激しい淫蕩に浸りたいという私の欲情の切れ端は、藻のように瞼の
裏の潤みにゆらゆらと蠢いていた。
瞼の中でタツヤのペニスが私の中に強く迫ってくる…。ペニスの先端から洩れたやわらかな
香りが私の子宮に漂い、その匂いを肉洞に深く吸い込んだとき、私は子宮と膣襞に烈しい脈動
を感じた。
私の卵巣が熱い嗚咽を洩らし、淫唇は裂けるようにのたうつ。淫蕩という冥府の底に真っ逆さ
まに堕ちていくような快感。そして、より放埓な性の快楽へと私の欲情は燦爛と花開こうとし
ているかのようだった。
ゆっくりと瞼を開けると、ノガミの愛撫が私のからだの隅々まで潜んでいた。私のからだにあ
るすべての窪みに彼の舌が埋まり、すべての突起に唾液が絡まる。重なり合ったふたりの肉体
が、静かにゆるんでくるというのに、私の唇からは気だるいため息だけが洩れていた。
私は彼の頬に優しく手をあてながら言った。
「…あの頃の私は、あなたのからだに本気で鞭を振り下ろした気がするわ…」
「ほかの客には本気でなかったということか…」
「SMクラブの女王様って、やっぱり演技をしないといけないのよ…。でも、あなただけは違
っていたような気がする…」
「私が本物のマゾヒストだったと言うことか…光栄だな…」
そうじゃないわ…違うのよ…あのとき、私が女王様で、あなたが奴隷ではなかった。もっと
違うものを私はあなたに感じたような気がするのよ…と言いかけながら、私はノガミのからだ
を強く引き寄せ、彼の背中に爪を立てた。そして、自分の腰を烈しく彼のものに擦りつける。