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大陸各地の小さな話
【ファンタジー その他小説】

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ジークの一番災難な日-5


 ***

「なるほど。これは、信じるしかありませんね」

 俺と並んでソファーに座るマルセラを交互に眺め、ウリセスがようやく頷いた。電話口でいくら事情を説明しても、コイツは『アハハ! マルセラちゃん。面白いですけど、ひっかかりませんよ〜』と、本気にしなかったのだ。

 カレンダーを見れば、今日は4月1日。
 このイスパニラ国では、正午まで嘘が吐き放題の日だった。

 なにかとテンションの高いことで知られるイスパニラ国民だが、この日はそれが最も発揮される。
 ニュースも新聞も、ノリノリで堂々と大嘘を書きたてる。
 大人の本気を出して、凝りに凝った嘘を演出し、真に受けた連中がパニックを起こしたこともある。

 ……しかし俺は、王都で生まれ育ったのに、この国のエイプリル・フールにかける凄まじい情熱にだけは、どうもついていけない。

『エイプリル・フールの冗談じゃねぇんだよ! 初めて会った時に、お前がダース単位で喰ってたショートブレッドの銘柄を言ってやろうか!? 鬼畜スーツが!』
 と怒鳴り、ようやくコイツはバイクを飛ばしてやってくる気になった。

 休日の早朝から呼び出すなんて、と電話口で文句を言っていたくせに、仕立てのいいスーツを一部の隙もなく着こなし、平時と変わらない姿だ。
 そんでもって、あからさまに爆笑を堪えて頬をヒクヒクさせている。

「ウリセスさん、ごめんなさい」

 通販カタログと香袋を前に、マルセラがしょぼんとうな垂れて頭を下げる。

 ――いつもの姿なら可愛いはずだが、生憎とそれをやっているのは俺の身体という醜態。

 ウリセスが顔を背け、堪えきれないようにププッと噴出した。

「おい。解決できるなら、報酬は払うし好きなだけ笑っていいぞ。だがな、面白いからこのままでいろとか言うなら、全力で殴る」

 俺は顔をしかめ、拳を固めた。

「くく……いえいえ。好青年の顔になったジークはともかく、ガンたれ顔のマルセラちゃんは気の毒すぎますからね」

「くっそ……!」

 ギリギリと歯軋りして唸る俺をよそに、ウリセスが香袋をしげしげと眺める。

「これ、基本の魔法漢字はともかく、肝心の部分が間違っていますよ。箱のような効果を出すなら、『転写』と書くべきなのに、『転移』となっております」

 指でテーブルに複雑な文字を書かれたが、さっぱりわからない。マルセラも首をかしげている。
 ちなみにウリセスも魔法大学の卒業生らしい。マルセラの大先輩ってところか。

「つまり、これでは丸ごと相手から能力を奪い取ってしまうのですよ」

 ウリセスは香袋から匂い立つ木切れを取り出し、軽く嗅いで顔をしかめた。

「香も質の悪いものですし、普通なら何も起こりませんが、マルセラちゃんの高い魔力に加えて、よほどタイミング良くかけてしまったのでしょうね」

 そしてアイスブルーの目が、もの言いたげに俺をチロっと眺めた。

「……なんだよ?」

「マルセラちゃんの行動は、確かに軽率でした。ですが身体ごと入れ替わるなんて、ジークにも心当たりがあるんじゃないかと思いまして」

「俺は妙な香なんか買ってねぇぞ」

「香を嗅いだ時、マルセラちゃんの何かを、羨ましいと思いませんでしたか?」

「あ? んなこと……っ!!」

 きっぱり否定しようとしたが、唐突に思い出した。眠気に巻かれながら、ふと思ってしまったのを……。
 ちょ、まて! あんなので……!?

 冷や汗を浮べて硬直する俺を、ウリセスが冷ややかに眺める。

「心当たり、あるんですね?」

「っ……マルセラくらい小さけりゃ、ソファーでも広々寝られるって、思ったんだよ!」

 運の悪い偶然が重なったとはいえ、我ながらマヌケにも程があるきっかけだ。
 ウリセスがニヤニヤ顔で首をふる。

「効果はせいぜい、丸一日でしょうね。自然に切れるまで放っておくのが一番です。下手に西魔法で解除をかけて失敗したら、一生そのままかもしれません」

「っ!?」

 俺とマルセラが同時に顔を引きつらせる前で、ウリセスは香袋を手早くしまい、代わりに魔法学園祭のパンフレットを取り出した。

「とにかく、マルセラちゃんの劇を心配しましょうか。東魔法の乱用でこんな事になったと知られたら、小等部といえど、それなりの処罰を受けますよ」

 隣でマルセラが息を飲んで青ざめる。それもそうだろう、魔法学校は規律が厳しいことで有名だ。
 どうやら責任の一端は俺にもあるようだから、恐る恐る尋ねた。

「……劇が始まるまでに戻れなきゃ、どうすんだ?」

「ジークが代わりにやるしかないでしょう」

「はああ!?」

 思わず素っ頓狂な声をあげて立ち上がった俺へ、ウリセスが満面の笑みを向ける。

「貴方の視力はバツグンに良いですし、それも移っているでしょう? 客席からセリフのカンペ出してあげますから、頑張ってくださいね!」




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