ジークの一番災難な日-5
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「なるほど。これは、信じるしかありませんね」
俺と並んでソファーに座るマルセラを交互に眺め、ウリセスがようやく頷いた。電話口でいくら事情を説明しても、コイツは『アハハ! マルセラちゃん。面白いですけど、ひっかかりませんよ〜』と、本気にしなかったのだ。
カレンダーを見れば、今日は4月1日。
このイスパニラ国では、正午まで嘘が吐き放題の日だった。
なにかとテンションの高いことで知られるイスパニラ国民だが、この日はそれが最も発揮される。
ニュースも新聞も、ノリノリで堂々と大嘘を書きたてる。
大人の本気を出して、凝りに凝った嘘を演出し、真に受けた連中がパニックを起こしたこともある。
……しかし俺は、王都で生まれ育ったのに、この国のエイプリル・フールにかける凄まじい情熱にだけは、どうもついていけない。
『エイプリル・フールの冗談じゃねぇんだよ! 初めて会った時に、お前がダース単位で喰ってたショートブレッドの銘柄を言ってやろうか!? 鬼畜スーツが!』
と怒鳴り、ようやくコイツはバイクを飛ばしてやってくる気になった。
休日の早朝から呼び出すなんて、と電話口で文句を言っていたくせに、仕立てのいいスーツを一部の隙もなく着こなし、平時と変わらない姿だ。
そんでもって、あからさまに爆笑を堪えて頬をヒクヒクさせている。
「ウリセスさん、ごめんなさい」
通販カタログと香袋を前に、マルセラがしょぼんとうな垂れて頭を下げる。
――いつもの姿なら可愛いはずだが、生憎とそれをやっているのは俺の身体という醜態。
ウリセスが顔を背け、堪えきれないようにププッと噴出した。
「おい。解決できるなら、報酬は払うし好きなだけ笑っていいぞ。だがな、面白いからこのままでいろとか言うなら、全力で殴る」
俺は顔をしかめ、拳を固めた。
「くく……いえいえ。好青年の顔になったジークはともかく、ガンたれ顔のマルセラちゃんは気の毒すぎますからね」
「くっそ……!」
ギリギリと歯軋りして唸る俺をよそに、ウリセスが香袋をしげしげと眺める。
「これ、基本の魔法漢字はともかく、肝心の部分が間違っていますよ。箱のような効果を出すなら、『転写』と書くべきなのに、『転移』となっております」
指でテーブルに複雑な文字を書かれたが、さっぱりわからない。マルセラも首をかしげている。
ちなみにウリセスも魔法大学の卒業生らしい。マルセラの大先輩ってところか。
「つまり、これでは丸ごと相手から能力を奪い取ってしまうのですよ」
ウリセスは香袋から匂い立つ木切れを取り出し、軽く嗅いで顔をしかめた。
「香も質の悪いものですし、普通なら何も起こりませんが、マルセラちゃんの高い魔力に加えて、よほどタイミング良くかけてしまったのでしょうね」
そしてアイスブルーの目が、もの言いたげに俺をチロっと眺めた。
「……なんだよ?」
「マルセラちゃんの行動は、確かに軽率でした。ですが身体ごと入れ替わるなんて、ジークにも心当たりがあるんじゃないかと思いまして」
「俺は妙な香なんか買ってねぇぞ」
「香を嗅いだ時、マルセラちゃんの何かを、羨ましいと思いませんでしたか?」
「あ? んなこと……っ!!」
きっぱり否定しようとしたが、唐突に思い出した。眠気に巻かれながら、ふと思ってしまったのを……。
ちょ、まて! あんなので……!?
冷や汗を浮べて硬直する俺を、ウリセスが冷ややかに眺める。
「心当たり、あるんですね?」
「っ……マルセラくらい小さけりゃ、ソファーでも広々寝られるって、思ったんだよ!」
運の悪い偶然が重なったとはいえ、我ながらマヌケにも程があるきっかけだ。
ウリセスがニヤニヤ顔で首をふる。
「効果はせいぜい、丸一日でしょうね。自然に切れるまで放っておくのが一番です。下手に西魔法で解除をかけて失敗したら、一生そのままかもしれません」
「っ!?」
俺とマルセラが同時に顔を引きつらせる前で、ウリセスは香袋を手早くしまい、代わりに魔法学園祭のパンフレットを取り出した。
「とにかく、マルセラちゃんの劇を心配しましょうか。東魔法の乱用でこんな事になったと知られたら、小等部といえど、それなりの処罰を受けますよ」
隣でマルセラが息を飲んで青ざめる。それもそうだろう、魔法学校は規律が厳しいことで有名だ。
どうやら責任の一端は俺にもあるようだから、恐る恐る尋ねた。
「……劇が始まるまでに戻れなきゃ、どうすんだ?」
「ジークが代わりにやるしかないでしょう」
「はああ!?」
思わず素っ頓狂な声をあげて立ち上がった俺へ、ウリセスが満面の笑みを向ける。
「貴方の視力はバツグンに良いですし、それも移っているでしょう? 客席からセリフのカンペ出してあげますから、頑張ってくださいね!」