その(4)-2
東京へ帰る途中、密かな期待があった。期待というより願いに近い想いだった。
(ミユキは鍵を使っただろうか……)
北海道へ発つ前の日に部屋のスペアキーを手に握らせた。
「何でも自由に使っていいからーー。泊ってもいいんだよ」
ミユキは戸惑いの目を見せ、何か言い淀んで口を噤んだ。
「遠慮はいらないんだよ。自分の家だと思って」
返事がなかったのが気になった。
たっぷり脂ののった肉が揺れる。ミユキの数倍はある乳房に顔を埋める。
「あう……」
女はのけ反って私の頭を抱えた。
キスはかなり激しく、舐め回すように舌を差しこんでくる。
「ロシア人のハーフなの?」
「ちがうわ。父親はドイツ人。顔も知らないけど。あの男、外人ってみればロシアだと思ってる。こっちは日本から出たこともない」
「いつもあんな調子なんだ」
「しつこい。お客じゃなかったらぶっとばしてる」
言ってから急に優しい表情になった。
「ごめんなさい。嬉しかった。誘ってくれて。最近いやなことばっかりで……」
毛深い陰毛の下に指を入れるとすでに溢れていた。
「ああ……抱いて……めちゃくちゃにして……」
屹立したペニスに女の手が伸びてきた。
「すごい、元気」
「君のせいだよ」
「舐めちゃうよ」
女の大きな口が開いた。
帰ってみるとミユキが訪れた形跡はなかった。鈍く重い疲れを感じた。ベッドまで歩いていく気さえ起らず、ソファに横になった。仰向けになって見つめるベージュ色の壁や天井はひんやりと無言だった。
ドアの方を見た。ミユキが飛び込んでくる錯覚が一コマ起こった。
たった三日の不在がなぜか気がかりだった。何も変わっていないはずなのに、ざわざわと追い立てられるような心境であった。
ああいう女は……そう、向井の言う『小娘』は、手を引いて導いてやらなければならないと、独りよがりの心が右往左往して落ち着かない。歌を作ってCDを出して、仮にミユキが『スター』の座についたとしても同じに思える。それどころか、さらに危うい空間が拡がる気がした。
現在の勢いなら彼女に歌わせてヒットさせる自信がある。しかし、危うい空間が心を引き摺り、気になっていた。それが具体的にどういうことなのか、自身の中で何を意味するのか、明確に導き出すことには抵抗があった。そして、怖かった。自分とミユキとの距離感を意識することに憶病な目が暗闇からじっと見据えていた。
ミユキの人生に身勝手にノミを立てるのは、その必然性や自分の立場を考えるより以前に胸が痛んだ。
ミユキの体を思い描きながら初めて勃起した。引き出して握った。
『ご執心ですな』
向井の顔が、なぜか陽だまりの中の老人の印象で浮かんできた。
電話が鳴った。
(ミユキ!)
「お疲れさん」と北山の声が、耳の奥に響いて重かった。
「大成功だったって?」
「俺は何もしなかったよ」
「それでいいんだよ。お前の存在そのものが意味のあることなんだ。反響は視聴者の方。うまくいったと聞いたよ」
これから一杯どうだと誘われたが、疲れたと答えた。