(前編)-3
後日、私は篠原教授のもとを訪ねた。
「教授」というのは言わばあだ名で本当の大学教授などではない。
元は私と同じような広告代理店P社の現場責任者で彼の会社と共同作業というイベントが昔あった。
その当時、新米だった私が人身御供にされたというわけだ。
今の香川杏子があるのは教授のおかげだったと言っても過言ではない。
その件から私はこの仕事の一切を教授から教わり、今は引退してなぜか小料理屋を営んでいるが豊富な人脈を私に提供してくれる。
なんでも、フランスに嫁いだ娘さんに私が似ているというのだ。
豊潤化粧品のオファーも元はといえば、教授の人脈から辿り着いたのだった。
「あんずちゃん、元気そうだね。」
「ご無沙汰して申し訳ありません。
教授もお元気そうでなによりです。」
「忙しいんだってね…噂は聞いてるよ。」
「噂!?…ですか?
P社の方からですか?怖いですね。」
この業界の現場監督には教授は珍しいタイプで性格の穏やかに長年培った豊富な経験と知識から「教授」なんてあだ名で呼ばれている。
私がこの店を訪れるのは特別な事だと思っている。
教授は客に愛想良く、必ずお酒を一杯注いで自慢の小鉢を出す。
他の客がいて、教授がカウンター越しに相手をしているのをお酒を呑みながら眺めているのが、私には父親を早くなくしたせいか一番安らぐひとときだった。
逆父親参観みたいな…
私は辛い時に決してここには来ない。
ある種の達成感に浮かれている時にも訪れない。
ちょっとホッとしたい時にここを訪れるように思ってる。
本当は私はホッとする方法をとっくに忘れてしまって、ここにその実感を求めているのかも知れない。
「今日は…ゆっくりできるのかい?」
「えぇ、そのつもりです。宜しかったですか?」
「もちろん、あんずちゃんならいつでも歓迎だよ。」
一時間も座らずに帰ってしまう時もある。
そうでない時は私はここに泊まって帰るのだ。
… … … …
看板を下ろしてから、少し教授と寄り添って呑む。
その後、一緒にお風呂に入って教授の痩せた背中を流すのだ。
「教授、また痩せましたね。」
「そうかい?」
男の肌は黒かった。
裸になると、同じ人種なのにその肌の色の違いが好きだった。
自分の肌が白く見えて、女を実感できるからだろう。
「どこか…悪いんじゃないですか?」
「どこと言って悪いわけじゃないが、私も年だからねぇ…いつお別れが来ても悔いはないさ。」
「またぁ、そんな事おっしゃって…まだまだ元気じゃないですか。」
私は後ろから教授のペニスを握り、泡に絡ませながら勃起を誘う。
唇をつけた肩はずいぶん皮膚が薄く感じられる。
オッパイを背中にくっつけて、その暖かさを確かめると風俗嬢にでもなったような気分になるが教授とこうして裸になった時はある種の恥じらいを感じなくなるのだった。