目覚め-8
昨夜は、ほとんど睡眠が取れなかった。
DVDの映像があまりにも衝撃的だったのか、それとも寝る前に飲んだ薬のせいなのだろうか。
ベッドに横になってみたものの、体は火照り、シャツの下は汗ばむほどだった。目はさえるものの、頭はボーッとのぼせたようになり、考えることも億劫だった。
ただ指先だけは、女性器への愛撫を怠ることはなかった。
すっかり明るくなった部屋で、真奈美はベッドの上に寝転んだまま目覚まし時計を無造作につまみ上げ、頭の上にかざしてみる。
時間は午前6時を指している。
(せっかくの日曜日だというのに! ぐっすり睡眠を取っておきたかったなあ)
彼女はベッドの布団をぐいと引っ張り上げると、頭から被った。
なんとか二度寝できないものかと、羊を数えたり、九九を暗唱したり、あれこれ試してみたが、むなしい徒労に終わった。
「やっぱりだめ! ほとんど寝てないのに……なんで? 目は冴えてくるし!」
体に漲る力と訳の分からない高揚感は、思い切り運動でもしないと発散できそうもない。
ならば、思いっきり疲れてみよう、そうすればぐっすり眠れるかも……真奈美は、いつも日曜日になると近隣公園へジョギングに出かけていたことを思い出した。
(いつもの倍くらい公園を走れば、疲れて眠れるかもしれないわ!)
真奈美は早速、半袖の体操着とパンツに着替えると、意気揚々と勝手口から戸外へ出て、近隣公園へと走り出した。時刻は午前6時半だった。
自宅から近隣公園までは北西に向かっておよそ1.5km。ちなみに、沙夜子の館は北へ300mほど離れた場所にあった。
彼女は沙夜子の館を意識したのか、わざと少し南に大回りしながら近隣公園へと向かった。
「ああ、疲れちゃった。公園に着いたばかりなのに」
真奈美はパンツのポケットから小銭を取り出すと、公園の中の自動販売機で缶コーラを買って、近くのベンチに腰を下ろした。
「はあ、さっきまでは、どこまでも走れそうなくらい気分はハイだったのになあ」
家を出たときは軽やかなステップだったが、2kmほど走ったころから徐々に体が鉛のように怠くなり、公園に着く頃には眠くて立っているのも苦になるほどだった。
その上、ひどく喉が渇いて我慢できない。
真奈美は、いそいそと手に持った缶コーラを開けようとタブに指を掛け、グイッと引っ張った。
その途端、中から勢いよく炭酸の泡が吹き出し、彼女の頭や胸元をぐしょぐしょに濡らしてしまった。甘酸っぱいコーラの香りが辺りに広がった。
(うあぁ……ついてないよぉ。 タオルも忘れてきちゃったし……家に帰ったらすぐお風呂に入ろう)
残り半分ほどになったコーラの缶を口に運びかけた途端、彼女は突然強力な睡魔に襲われ、そのまま意識を失ってしまった。
手にした飲みかけのコーラは、ベンチで居眠りを始めた彼女の手の中で傾き、胸元に溢れていった。そして体操着とパンツをべとべとに濡らしていった。
それから暫くして、真奈美は、忽然とベンチから消えてしまうのである……
――初夏を思わせる微風が、公園の樹木をさわさわと撫でるように通り過ぎる。
早朝から昇った太陽は高度を増して日光を投げかけ、緑道やベンチにはまばゆい木漏れ日が落ちている。
「おーい、タロ…… おーい……」
遠くで、威圧感に満ちた野太いしわがれ声が聞こえる。
その声は、真奈美が座っていたベンチのある所へと近づいて来ている。
「タロ!どこいった!」
声の主は、優に身の丈180cm以上はある、岩山のように筋肉で固太りした、力士かレスラーのような体躯の大男だった。
「おかしいな、タロのやつ。おとなしく待ってろって、ここにつないでおいたのに。トイレから出てくると、もういなくなってる」
その大男は、一人大声でぶつぶつ呟きながら、切れ長の細い目を見開いて辺りをキョロキョロ見回した。
「そういえば、このベンチで眠りこけてた体操着姿の女の子。後で聞こうと思っていたんだが、どこに行ったんだ?」
困った顔つきでそのベンチにどかっと腰を下ろした大男は、しばらく思案している様子だったが、不意に何かに気付いて立ち上がった。
「うお、冷てえ!」
慌てて尻に手をやると、尻の形にズボンが濡れている。ベンチの上にこぼれたコーラに気付かず座ってしまったのだ。
「ああくそ、今日はついてないぜ、まったくよォ」
みるみる男の切れ長の小さな瞳はつり上がり、その丸い巨体をゆすって怒りを露わにした。
力任せにベンチを蹴り上げると、ボカン!と大きな音を立てて、ベンチは見事に破断し、辺りに四散した。
「くそ、もともとあいつは野良犬だったんだ。この辺一帯を縄張りにしている野良犬のボスで、図体がでかくて怖がられていた。
それをオレがひっ捕まえて、飼い犬として調教してやったんだが……おとなしくしてると思ったら、逃げるすきをうかがってやがったんだ!」
浅黒く、ニキビのような吹き出物でガマガエルのようになった平たい顔をくしゃくしゃに歪め、ボディービルダーのごとく固太りした
猫背ぎみの丸い体を躍動させ、地面を踏みつけてくやしがった。