赤木智紀-3
リングに入らなくても本多は全く気にしてなかった。取り敢えずレイアップの基本フォームに重点を置いて練習していた。
本多は何度も何度もお手本の通りに繰り返した。右手でコツを掴むと今度は左で同じ様に繰り返した。
失敗しても楽しそうな表情をする本多を、オレは土手の上から飽きもせずにずっと見続けた。黙々とひたむきに練習する本多を見ている内に、本多がテニスの県大会で優勝したのもわかる気がした。
【本多夏子】
この日から、オレの心の中では本多の呼び名が変わった。クラスメートの女子や女バスの連中と同じく【なっちゃん】になった。
なっちゃんはとにかく目が良かった。テニスで鍛えられた集中力が全体を見渡せる目となった。それにボールに対する執着心もある。
時折体育館に顔を出す松岡にとっては残念だろうけど、このまま練習すれば1年後にはガードのポジションでレギュラー入りができそうだ。
なっちゃんの上達の褒め言葉がアチコチで聞こえてくる度に、オレも何だか自分のことのように嬉しくなった。
練習の合間に自然となっちゃんを目で追うことも多くなった。勘の良いなっちゃんは、何かを察してこちらを見返すことも有ったが、オレはさりげなく視線を外して、オレの想いが気づかれないように上手く誤魔化していた。
練習終了間際に、なっちゃんが松岡に呼び出されることが時々あった。もちろんなっちゃんにテニスに戻れと説得するためだ。
松岡との話し合いが終わり、職員室を出てきたなっちゃんを見かけたことがあった。その日も虚しい話し合いだったみたいで、とても辛そうな表情をしていた。なっちゃんに似合わない表情を見て、とても可哀想になった。
なっちゃんが入部して間もない頃に、白石先生が撮影した男バスと女バスの集合写真のデータが回ってきたことがあった。
いらねー!と放置していたが、なっちゃんが端っこに写っていたのを思い出し、改めてそのデータを引っ張りだした。早速、画像の中のなっちゃんだけを切り取って、スマホのアプリに保存した。
この頃から、オレは練習以外でもなっちゃんのことばかり考えるようになっていた。どうやら恋に落ちたみたいだ。
香織の家に一家揃って食事に招かれた時、オレは思い切ってなっちゃんの電話番号とアドレスを香織に教えて欲しいと頼んだ。
キャプテンの香織なら、女バスの連絡網で部員の番号を把握しているし、小さい頃から姉のような存在の香織に対してなら遠慮なく聞けるからだ。
「あらあら、なっちゃんなの。やっぱりねえ」
「な、何がやっぱりだよ」
「練習中の誰かさんって、手が空けばなっちゃんの方ばかり見てるからわかるわよ」
「う、うそつけ」
さすがに香織が相手でも顔が熱くなった。けど、一概に否定もできない。彼女のひたむきな練習姿はついつい見たくなるんだ。
「せっかくだけどストーカーには個人情報を教えられないわ」
「誰がストーカーだ。いいだろ教えろよ」
「ジャイアントコーン、5つでどう?」
「足元見やがって…」
大事な番号をそんな代償で手に入れたくはない。オレは香織を睨みつけたが、結局ジャイアントコーン3つで手を打った。
早速、スマホに電話番号を登録した。
「あららあ、【なっちゃん】で登録するの?大胆ねえ」
「うっせー!覗くなよ」
高い報酬を払って番号を手に入れたけど、なかなか電話を掛ける勇気が起きなかった。もちろん面と向かって言葉を掛けるなんて尚更できない。
そんな状態のまま、一ヶ月が過ぎた頃に事件が起きた。
練習終了間際に白石先生がなっちゃんに声を掛けているのが見えた。また松岡からの呼び出しだろう。
着替えを済まして、そのまま帰ろうと思ったけど、虚しい話し合いの末に疲れたなっちゃんの顔を想像してしまい、それが気になって帰ることが出来なかった。オレは何もできないけど、せめて様子を見守りたいと思ったんだ。
校門で待っていたオレは、肩から掛けていたスポーツバッグからスマホをひっぱり出した。