Mirage〜1st contact〜-7
「‥‥どうしよっか?」
僕より頭一つ背の低い筑波が上目使いで訊いてくる。
「まだ30分やしなぁ‥‥まだ見て行こか?」
その後の予定も決まっていなかったし、短めの短髪をこりこりと掻きながら、僕はそう言った。本当のことを言えば、夕飯も千夏の家で食べるものだと思っていたが、あてが外れるばかりだ。
「じゃあ、行こ?」
筑波はぽんぽんと砂ぼこりを払って立ち上がった。僕もそれに倣う。
そして、二人はもう一度、人混みの中へと溶けていった。
「あ〜、楽しかったぁ〜」
神社から駅へ向かう途中、筑波は大きく伸びをしながら言った。
時計はすでに9時を回っている。いつの間にか、稜線の彩(いろどり)は、橙から黒へと変わっていた。
「神崎くん、金魚掬いうまいねんなぁ。びっくりしたわ」
筑波があどけない笑みを僕に向ける。
「昔、千夏に採れ採れ言われて、ようやらされたからな」
僕は幼いころの記憶を手繰り寄せて苦笑した。確か、どうしても自分で採れなくて、金魚屋のオッサンにもらったのだが、自分で掬ったものでなければイヤだとゴネて泣いていたのを覚えている。そのくせ、次に出て来た言葉が、『幸妃うちの代わりに掬って』だったのだから、この頃から彼女の理不尽さは変わっていないのだと、妙なところで感心する。
「‥‥何やねん?」
気付くと、筑波が僕の顔を覗き込んでいた。その目ははっきりと、興味の光を放っている。
「先に言うで、俺と千夏はちょっとした幼なじみや。それ以上でも以下でもないで」
自分でも少しムキになり過ぎたか、と思いながら、筑波と肩を並べて歩く。
「ふーん」
筑波は突然ピタリと止まった。慌てて僕も立ち止り彼女を振り返る。彼女は、一メートルに満たない距離の先で、何故か拗ねたような表情を浮かべていた。
「一体どないしてん? さっきからおかしいで?」
僕が怪訝そうに訊くと、
「別に。何でもない」
唇を尖らせたまま、筑波は再び歩き始める。心なしか、歩調が少し速い。
「‥‥変な奴やな」
僕はため息を一つつき、そのあとを追う。
微妙に空いた距離のまま、僕たちは歩いた。追いつけない速度ではなかったが、何となく隣にいくのが気まずかったから。