Mirage〜１st contact〜-8
駅舎に入る寸前で、筑波は僕に振り向いた。
「神崎幸妃くん！」
「な、何やねん」
思いの外大きな声に、僕は少しうろたえる。ちょっと恥ずかしい。
「私を家まで送りなさい」
そう言って、びしっと僕の鼻面を指差した彼女の顔は何故かどこか勝ち誇っているように見えた。
「え、いや、俺ん家反対やねんけど‥‥」
「つべこべ言わない。たった三つ先やない」
──こいつも千夏と同じかい。
僕は心の中だけで呟いた。
とはいえ、確かに、この時間帯に浴衣姿の女子高生がうろうろするのは目立ち過ぎる。
「‥‥わかったよ」
僕が観念すると、彼女は、満面の笑みを浮かべた。
「ありがと」
一歩進んで立ち止まり、筑波はそう言って微笑んだ。
「え？ いや、お前ん家まだもう少し先やろ？」
駅を出て７、８分。もう少しで家が見える、という中途半端な路地で僕は訝しげに眉を寄せた。そんな僕の反応に、筑波は少し困ったような顔をした。
「だって‥‥多分神崎くん、うちの親に怒られるで？」
「何でやねん」
僕は一瞬、『うちの娘に何してんねんこのボケがぁ！』と頑固親父に怒鳴られる自分を想像した。
「だって‥‥」
筑波は何故か恥ずかしそうに下を向き、草履の裏でアスファルトを叩いた。心なしか、その頬が朱色に染まっている。
「‥‥？ 変な奴やな。つべこべ言うとらんと、さっさと行くで。年頃の娘が夜の一人歩きなんかするもんちゃうで」
スローモーションを見ているようだった。僕がもじもじする筑波の浴衣の袖を引っ張ると、筑波は、あ、と小さく声を上げてバランスを崩して僕の方へ倒れこむ。慌てた僕が体を反転させて筑波の体を受け止める。ふわり、と芳香が鼻腔に飛び込む。
「えっと‥‥、その‥‥」
どもる僕。筑波からは見えていないが、きっとかなり情けない顔をしているはずだ。
「大、丈夫？」
何も返ってこない。あらゆえる不安が僕を襲う。
こんな所を千夏に見つかれば、千夏に殺される。
こんな所を筑波の親に見つかれば、筑波の親に殺される。