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Mirage
【純愛 恋愛小説】

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Mirage〜1st contact〜-6

予想通りだ。
境内は人でごった返しており、二酸化炭素濃度が高かった。しかも。
「神崎くん」
歩き始めて十分程経っただろうか、筑波が僕の袖を引っ張る。ん? と僕が反応すると、
「千夏ちゃん、おらんよ‥‥」
彼女は不安そうな目で僕を見た。僕はため息を一つつく。
「あいつ、こういうとこに来ると絶対迷子になんねん」
だから嫌やってん、と加え、さらにもう一つ辟易を吐き出す。
「どうしよう」
筑波は本気で困っているようだ。
「こういうときのあいつは必ず出口に戻ってるはずや。俺らも戻ろか」
そう言って、僕は彼女の手を引いて踵を返した。
出店の並ぶ通りを、逆流するのはなかなか根気が要る。ただでさえ暑いのに、人混みの中は暑苦しいし、イヤな臭いもする。
「神崎くん、よう千夏ちゃんのことわかるな」
背中から筑波の声がする。手を離せばあっという間に人の流れに呑まれてしまうだろう。
「縁日にはあいつと何回も来てるしな。何よりあいつ単純やろ?」
繋いだ右手から、笑っている気配が伝わる。
「けど中学のときは千夏ちゃんとは行ってへんねんろ?」
千夏に聞いたのか、少し嫌なことを聞いてくる。
「あぁ」
苦いものが込み上げて来て、僕は思わずそっけなく返す。あまり、思い出したくない。彼女もそれを察したのか、あまり深くは詮索してこなかった。
ようやく人混みを抜け、入口の鳥居の付近までやってきても、千夏の姿はなかった。これも想定内。少し待てば姿を表すだろう。僕と筑波は石段に腰掛け、千夏を待つことにした。
 樹齢何十年、という背の高い杉の木が、僕と筑波の頭上を覆い隠し、ざわざわと音を立てる。僕はテレビで繰り返し何度も放送する、昔のジブリのアニメーション映画を連想した。そして、この年になってそんなことを考える自分が可笑しくなった。
「‥‥嫌やったら答えんでもええよ」
唐突に、筑波が切り出す。その口調は少し硬い。
「神崎くんな、もしかして縁日に嫌な思い出とかある?」
「だから、毎年千夏に無理矢理──」
「ちゃう。そんなんじゃなくて」
僕の言葉を遮り、筑波が言う。心なしか、少し語気が硬い。
「‥‥縁日そのものには、無いよ」
人混みを抜けたせいか、初夏の夕方の空気がとても清々しい。その空気を一度大きく吸い込み、僕は言った。先程の口調で気付かれたのだろう。女というのは、どいつもこいつも鋭い勘をしていると思う。僕は表情を無感情に固定したまま、心の中で舌打ちした。

「ただ、去年のちょうど今頃は、彼女と来てた。やし、何かちょっと複雑な気分やねん」

 僕は努めて何でもないように装った。自分でも、完璧だったと思う。

「──ホントに──」

「あーー! やーっと見っけたで!!」

 

筑波が何かを言いかけたとき、後ろから叫び声が聞こえた。もちろん、千夏だ。

「あんた美沙に──」

「何もしてへんわ。高校生にもなって迷子になってる奴のセリフちゃうぞ」

僕が一睨みすると、千夏はう、と言葉に詰まった。

「しゃぁないやんか、家から電話かかってきてんもん。話してたらあんたらズンズン進みよるし‥‥」

「話しながら歩かれへんのか。どんだけ不器用やねん」

「う、うるさい! ‥‥ってこんなことしてる場合ちゃうわ。うち帰らなあかんねん」

ごめんな、と言い残すと、千夏は浴衣の裾を気にしながら、石段を下りて行った。

ぺたぺたという草履の足音が駆け足で遠ざかると、微妙な空気の二人だけが、ぽつん、と取り残される。


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