Mirage〜１st contact〜-4
森島と西沢が部屋の外に出た後で、千夏が終始３人の後ろに突っ立っていた僕を指差した。
「あかんかったら連れて来いなんて言わへんよ。悪いねんけど、ちょっと二人で話させてくれへん？」
「別にええけど‥‥」
何で？ と聞きたげな千夏に、筑波は意味深な笑みを浮かべる。千夏は首を傾げたものの、それならまた明日、とだけ言い残し、部屋を出て行った。最後に僕を睨んだ目が、僕に何かを伝えていた。何を言いたいのかは、すぐにわかったけど。
「無理矢理連れて来させてごめんなぁ。お礼言いたかってんか」
「それなら千夏に聞いたで」
僕はその言葉に他意はなかったが、どうもそっけなく聞こえたのか、筑波は困ったように眉をハの字型にして苦笑を浮かべた。
「それは運んでくれたお礼。今度のはコレのお礼」
そう言って、彼女は自分の右手首を指差した。細く、白いそこに、色とりどりのミサンガが巻きついていた。
「そのお礼に関しても保健室で聞いた気するけどな」
「ええやん、別に。言いたかってんもん。細かいこと言うてたらすぐハゲるで」
筑波はけらけらと笑った。よく笑うヤツだな、というのが僕の感想。
「そうそう、これってな、確か切れたら願いごと叶うんやんな？」
「うちの姉貴が作ってんで？ そんな御利益なんかあるんか？」
絶対無い、というようなニュアンスで、僕は言った。けれど、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「そんなことないよ。きっと叶えてくれるよ」
まぁそう思うのは勝手やけどな、と心の中だけで呟く。
「あと、神崎くんな、何か言いたいことあったら、言った方がええで」
僕は内心少しどきりとした。
「別に、何も思ってへんで」
毛先のワックスを指先で弄びながら、努めて平静を装う。
「ちゃうよ。神崎くん、いっつも何か考えてるやんか？ 何考えてるとかな、素直に周りに言った方がええと思うねん」
一ヶ月に満たない学校生活に、彼女は僕の何を見たのだろうか？ 彼女の目に、一体『僕』はどのように映っていたのだろうか？
「‥‥ま、とりあえず考えてみるわ」
「そうしたまえ」
彼女が急にくだけた口調になる。思わず僕は苦笑いを浮かべる。
「‥‥あんまし長居しても迷惑やろ？ そろそろ行くわ」
「おぅ、じゃ、また明日な」
彼女はひらひらと手を振った。僕も手を上げてそれに応えた。
後ろ手に彼女の部屋のドアを閉めたとき、僕の胸を、不安にも似た焦燥感が支配していた。
「あ、やっと出てきた」
筑波家を後にし、駅まで戻ると、千夏が待ち伏せしていた。
「あんた美沙に──」
「何もしてないわ。つーか何でおんねん？ 先帰ったんちゃうんかい」
千夏の言葉を遮り、うんざりしたように言葉を返す。
「美樹と香織は帰ったで。でもうちは心配やったし待ってた」
「子どもか、俺」
さらにうんざりし、僕は駅の構内へと歩みを進めた。
「あんたちゃうわ。美沙の方や。──ってちょっと待ちぃや」
なぜか怒ったように千夏が言う。僕はそれにはあえて何も言わない。
後ろから千夏が追い掛けてくるが、僕は定期を使ってホームへと進んだ。学校側から見て、この駅と僕の降りる駅は方向が同じなのだ。
ホームに立ってようやく、日が西に傾きつつあることに気付く。風も心なしか少し生暖かいものが吹いている。
突然、右手が宙に浮く。
「あんた、香奈恵さんのミサンガどうしたん？」
隣から千夏の声。見ると、僕の右手首を千夏ががっちり掴んでいた。ちなみに、香奈恵、というのは３つ上の僕の姉のこと。今は大学へ通っているため、一緒には住んでいないけど。