秋月の矜持-3
不意に秋月がテーブルの上に置かれていた夏輝の手を取った。
夏輝ははっとして秋月の顔を見た。
「夏輝さん」秋月はゆっくりと低い声で言った。「僕も男だから、女性と二人きりになるのは嫌いじゃありません。特に貴女みたいに魅力的な人といっしょに食事ができて、僕は今、少し熱くなってます」
「秋月さん……」
夏輝の脳裏に、恋人修平の笑顔が一瞬浮かんで、すぐに消えた。
秋月はすっと手を引っ込め、夏輝の手が再びテーブルに取り残された。
「でも、それに流されるわけにはいきません。それも男としての矜恃です」
秋月は心の中まで射抜くように、じっと夏輝の目を見返した。
修平の笑顔が、また夏輝の瞳の奥の中空にぼんやりと浮かんだ。しかし今度は次第にはっきりとその輪郭が焦点を結び始めた。
夏輝の胸の奥に、針で刺されたような鋭い痛みが走った。
◆
「ごちそうさまでした」店を出たところで夏輝が小さく言った。「それに、ありがとうございました。あたしを慰めてくださって……」
「いえいえ。僕は貴女に何もしてあげられませんでした。貴女の役に立てたのは食事代を払ったってことだけです」秋月は笑った。「タクシー、もうすぐ来ると思いますよ」
「秋月さん……」
「ごめんなさい。僕は飲んでないから車で送ってあげてもいいんですけど、変な噂が立ったら貴女が困るでしょ」
二人の間に少しの沈黙が流れた。
不意に秋月の手が夏輝の肩をぽんぽんと軽く叩いた。夏輝は秋月の顔を見上げた。
その男性警察官は夏輝を見返すことなくまっすぐ前を向いて、口元に笑みを浮かべたまま言った。
「貴女の気持ちに応えられなくてごめんなさい。でも、」
秋月は振り向いて夏輝に暖かなまなざしを送った。「貴女の大切な彼の手を離しちゃだめですよ」
「……!」
夏輝の目から涙が堰を切ったように溢れ始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、秋月さん……」
「ほ、ほら、噂になったら困る、って今言ったばかりでしょ」秋月は慌ててポケットからハンカチを取り出して夏輝に手渡した。「拭いてください。誰が見てるかわかりません」
「はい。ごめんなさい……」夏輝は渡されたハンカチで両目を代わる代わる乱暴に拭った。