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異種間交際フィロソフィア
【ファンタジー 官能小説】

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オオカミさんの ほしいもの -8

***

 ――青い草の香りが鼻をくすぐり、目を覚ましたマルセラは仰天した。
 部屋で寝ていたはずなのに、いつのまにか、さんさんと太陽が照りつける草地に転がっていた。
 そして周囲に見える何もかもが、やたらに大きい。ジャングルのような茂みの傍に、巨大な蝶が飛んでいるし、並んでそびえたつ木々も、見上げるような巨木だ。

(え? ……あれっ!?)

 自分の手を見て、更に深刻な異変に気づいた。五本指のある人間の手ではなく、栗色の毛皮に覆われた猫の手が付いている。
 近くの水溜りに、おそるおそる顔を映してみると、そこには薄汚れて痩せこけた一匹の子猫が写っていた。
 周りの物が大きいのではなく、マルセラが小さくなっていたのだ。

(なにこれ!? 夢!?)

 驚愕の声もニャアニャアとしか出ない。
 途方に暮れて、もう一度周囲を見渡すと、遠くに荘厳な時計台が見え、ここがどこか解った。駅前にある記念公園だ。
 夢にしては、照り付ける太陽も遠くから聞えるざわめきもリアルで、一向に醒める気配がない。おまけにお腹が空いてきた。
 仕方なく茂みを抜けると、やっぱりモザイクタイルの美しい遊歩道に出た。
 何度もこの道を歩いて公園に遊びに行ったが、猫の低い視線から見るのは新鮮だった。

(わっ!)

 タイルにみとれていたら、誰かの靴とぶつかりそうになった。

「あっぶねー!」

 子どもの焦り声があがり、汚れてボロボロの靴は、危ういところでマルセラを避ける。
 見上げると、やたらと目つきの悪い男の子が、こちらを睨み降ろしていた。
 年頃は六〜七歳だろうか。短い金髪は自分で切ったのか、変に不ぞろいだったし、髑髏のプリントがされた黒いタンクトップも薄汚れている。
 刺々しい気配を全身にまとった男の子からは、育ちの悪さがこれでもかというほど滲み出ていた。

 遊歩道には何組かの親子連れや若者がいたが、浮浪児のような男の子を横目でちらっと見ては、すぐ目を背ける。

(嘘……この子、もしかして……)

 ジークそっくりな男の子を前に、マルセラが呆然と座り込んでいると、男の子は舌打ちして去ろうとした。
 その首筋に、まだ生々しい十字架型の火傷を見つけ、確信する。

(待って! わたしだよ! マルセラだよ!)

 どうして自分が子猫で、ジークも小さくなっているのかわからないが、とにかく彼に違いない。
 にゃあにゃあとしか鳴けないのがもどかしく、必死にジークの足に身体を擦り付けて訴えるが、やっぱりわかっては貰えないようだ。

「なんだよ、お前。邪魔だ」

 小さなジークは鬱陶しそうに言ったが、マルセラを蹴っ飛ばさないように、気をつけて歩く。
 やがてジークは人々で賑わう結界広場まで着き、マルセラの首根っこを掴んで持ち上げた。

「おい、もう付いてくんな。俺はメシを手に入れなきゃいけねーんだから」

 小声でそう言われ、花壇の隅に置かれた。

(ご飯を? 誰か知り合いを探してるのかな?)

 首をかしげ、マルセラは大人しく座ってジークを眺めていた。
 ジークは両親がいないらしいが、子ども時代の話を詳しくして貰ったことはない。
 ただ、会話の端々から、あまり良くない環境で育ったらしい事だけは察せた。
 屋台の近くをうろうろしている彼を見て、やがて何をしようとしているのか気づいた。

(盗みなんて、駄目だよ!)

 駆け寄って屋台の向こうからニャアニャア鳴いたら、額にタオルを巻いた中年店主がマルセラを眺めている隙に、ジークが素早くホットドックを一つかすめとった。

(うわっ、わぁぁっ! ごめんなさい! 違うんだって〜!)

 逆に盗みを手伝ってしまい、屋台のおじさんに猫語で詫び、慌ててジークを追いかけた。
 ジークは広場の隅で花壇の縁に悠々と腰掛けており、マルセラを見るとニヤリと笑った。

「やるじゃねぇか。ほら、お前の分」

 前足の先にホットドックを半分置かれ、喉がゴクリと鳴る。
 夢のはずなのに、死にそうなほど腹ぺこだ。

(こ、これ……夢なんだよね……?)

 そっと鼻先を近づけると、食欲をそそるいい匂いがし、堪えきれずにかぶりついた。
 ソーセージも冷めてから残さず食べた。

 今日の催し物は子供向けのお祭りで、広場にはピエロや動物の着ぐるみがウロウロし、家族連れで賑わっていた。
 ジークは食べ終わっても動かず、花壇に腰掛けたまま、足をブラブラさせて周囲を眺めている。

(……もしかして、一人が寂しいの?)

 通じないだろうけど、思わず尋ねてしまった。
 両親を失ってからしばらくは、マルセラも幸せそうな家族連れを見ると、辛くなるのが解ってるのに、つい見入ってしまった。

「……あいつ等は弱いから、誰かと一緒にいるしかないんだ」

 不意に、ジークがそう言って、言葉が通じたのかとビックリしたが、彼はただ独り言を言っただけのようだ。
 少し離れた場所から、家族連れの行き交う風景を悠然と眺めている彼は、なんだか野生動物のように見えた。
 間違って都会の隅に産まれてしまったけれど、決して人に懐かず一匹で逞しく生きている子狼のようだ。

「お前も弱そうだなぁ」

 マルセラを見下ろし、犬歯の少し目立つ口元で、小さな男の子のジークが笑う。
 あまり綺麗じゃない手で、ぐりぐり頭を撫でられた。

「仕方ねぇ。俺がちょっとだけ一緒にいてやるよ」



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