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異種間交際フィロソフィア
【ファンタジー 官能小説】

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オオカミさんの ほしいもの -9


 夢はまだ醒めそうになく、ジークの後を付いていくと、公園の裏手にある寂れた横丁へ着いた。
 汚れた看板はどれも、酒場や娼館など怪しげなものばかりで、空気は煙草と酒に嘔吐物の混じったような饐えた匂いがする。
 マルセラが一度も入ったことのないような場所だ。

 古い建物の影で、顔中にピアスがついた男と、刺青を腕にぎっしり入れた男が、商談らしきものをひそひそしていた。
 ジークは平気な顔ですぐ脇を通り抜け、今にも崩れそうな建物の外階段を昇り始める。
 マルセラも身を縮めながら男たちの足元を通りぬけ、ジークを追いかけた。
 刺青男が面白そうに階段を見上げ、口笛を吹いた。

「おい、ジーク。汚ねー野良猫なんぞ拾ってくると、またお袋さんに殴られるぞ。アイツ、たしか猫嫌いだろ」

「拾ったんじゃねーよ。勝手についてきやがるんだ」

 自分の親くらい年上の男へ、ジークが乱雑な言葉で答える。

「パメラはまだ帰ってこねーのか? たまには遊びてぇんだが……なんなら、お前でもいいぞ。上手く咥えられたら、小遣いくらいやるよ」

 ピアスの男が耳障りな笑い声をたて、ジークが目つきの悪い顔をさらにしかめる。

「死ね」

 舌打ちして吐き捨てると、刺青男が太った腹をゆすって笑った。ピアスの男が唾を吐く。

「ったく。可愛げのねーガキだぜ」

 ジークはさっさと階段を昇り、ベルトに付けた鍵で、二階の隅にある扉を開けた。
 入っていいものかマルセラは迷ったが、ジークが扉を手で押さえたまま待っているのに気づき、急いで湿っぽい室内に駆け込んだ。
 マルセラが入ると、ジークは素早く扉を閉め、危うく尻尾を挟まれそうになった。

「お前、運が良かったな。あの女は旅行中だ。男と別れるか金が無くなるまで帰ってこねーから、それまでいて良いぞ」

 『あの女』とは、母親のことだろうか。およそ子どもらしくないセリフに驚きつつ、室内を見渡したマルセラは、さらに驚いた。
 壁紙はあちこち破け、床も傷だらけだ。あちこちについた褐色のしみは、血痕かもしれない。どうやったら、こんなに酷い部屋になれるのだろうか。
 脱ぎっぱなしの衣類が散らばり、小さな台所もリビングらしき場所も、なにもかもがグチャグチャに散らかっていた。

 幸いというか、子猫の身体は身軽で、床の障害物を踏まないようにピョンピョン飛びはねながら、マルセラは恐々と室内を探検しはじめた。
 リビングの一角には、続き部屋らしい閉まった扉があったが、その前に行くとジークが首を振った。

「そっちはあの女の部屋だ。留守でも入ったのがバレたら、たたき出されるか殺される」

 大人しくマルセラが扉を離れると、ジークがしゃがみこみ、感心したように頭をなでてくれた。

「お前、頭がいいな」

 こんな奇妙な状態でも、ジークに褒められるのはヤッパリ嬉しい。ニャァと鳴いて身体をすりつけた。
 ――と、いきなり首の後ろを摘んで持ち上げられた。

「汚ねーから、洗ってやるよ」

 ひびだらけの古いタイルが張られた浴室で、洗面器に石鹸と水と一緒に放り込まれる。

(ぷはっ! 冷たいぃっ! 痛い!)

 ジークの荒い方は乱暴でメチャクチャだった。尻尾を引っ張られ、痛くて思わず暴れたら、爪で手の甲を思い切り引っ掻いてしまった。
 ジークがマルセラを離し、血の滲んだ傷を眺める。
 怒られると思って身をすくめたが、なぜか愉快そうな笑い声が響いた。

「弱いくせに、ちゃんと戦うんだな。悪かったよ」

 びしょ濡れの毛皮を舐めて、ようやく全部乾かすと、ジークに呼ばれた。

「おい、猫」

 どうやら名前をつける気はないらしい。浴室の隣りに、ベッドと小さな棚が入るくらいの狭い部屋があって、ジークはそこに寝転がっていた。
 どうやら本来は物入れらしいそこが、彼にあてがわれた寝室のようだ。

「あのな……一緒に寝たかったら、来てもいいぞ」

 少し顔を赤くして、しかめっ面で照れを誤魔化す表情が、まぎれもないジークそのものだった。
 マルセラがベッドに飛び乗ると、自分で呼んだくせに、少し驚いたような顔をした。寄り添って身体をくるんと丸めると、おずおずと背中を撫でられた。
 風呂場で乱暴に洗った手と同じとは、とても思えない気弱さだ。

「俺は強いから、一人で平気なんだ」

 自分に言い聞かせているような、小さな声が聞えた。

「……でも、おまえが一緒に居たいって言うなら、仕方ねぇよな」

 ――それから数日間。
 夢はちっとも醒められないまま、子どものジークと一緒に過ごした。
 彼の母親は、本当に帰ってこない。
 育児放棄という問題を聞いたことはあったが、実際に目の当たりにすると衝撃的だった。
 近所の大人たちが、ジークを助ける気が全くないのにも驚いた。

 こんな生活を、マルセラは想像したことすらなかった。両親には大切に育てられ、彼らを亡くしてからも祖母が細やかに面倒を見てくれた。
 良い子にしていれば、子どもは大人に守って貰えるのが当たり前だと思っていた。

 けれどジークの住む世界では、子どもだからと優しくしてもらえないし、大人しい良い子にしていれば、自分が困るだけだ。



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