温泉休暇の大騒動-13
「……マルセラ」
ビクリと目を開けたマルセラに、布団の端をちょっと持ち上げて見せる。
「一緒に寝るか?」
マルセラは一瞬、驚いたようだったが、すぐに満面の笑顔で布団に飛び込んできた。
「うん!」
小さな身体に抱きつかれ、ジークは硬直する。
ひょっとしたら俺は、とんでもない事を言ってしまったのかと、少し後悔した。
(いやいやいやっ!! ガキ相手に変な気はおこさねぇからな!!)
誰にともなく心の中で必死に言いわけする。
しかしマルセラは本当に疲れきっていたのか、すぐに穏やかな寝息をたて始めた。
栗色の髪が鼻先をくすぐり、温かい体温が伝わる。
どこかでこんな感覚を覚えている気がして、首をかしげた。
誰かと添い寝などした覚えはない。
たまに娼婦を買って抱いても、単なる性欲処理だ。行為が終わればさっさと離れた。
(……あ、そうか)
不意に、まだ幼かった頃、捨て猫を拾ったのを思い出した。
正確に言えば拾ったのでなく、その子猫は勝手についてきたのだ。
母親が情夫と旅行中で、2週間近くも帰らなかった時だ。
家にある食料も金も底をついていた。
そういう事はよくあったし、腹が減ったら記念公園に行く事にしていた。公園の広場では多くのイベントが開催され、屋台からよく食べ物を盗んだ。
広場に続く遊歩道を歩いていると、草むらから子猫が姿を現した。こんなのは誰も拾わないと思うような、薄汚れた貧相な子猫だ。
チラリと視線が合うと、何を勘違いしたのか、子猫はジークの足元に身体を擦り寄せてニャァニャァ鳴き、まとわりついてくる。
邪魔だと思ったけれど、ジークが広場で盗みやすそうな屋台を探していると、少し離れえた場所で鳴いて、店主の注意を逸らしてくれた。
広場の隅っこで、子猫と盗んだホットドックを分けて食べた。
協力してとったんだから、当然だ。
目の前を行き来する幸せそうな家族連れを、羨ましいとは思わなかった。一人で生き抜ける自分には、誰も要らない。
『あいつ等は弱いから、誰かと一緒にいるしかないんだ』
解るはずないと思いながら、子猫に言った。
『お前も弱そうだなぁ。仕方ねぇ。俺がちょっとだけ一緒にいてやるよ』
数日間、子猫と一緒に暮らした。
子猫は布団にも入ってきて、ジークにぴったり身を摺り寄せる。
柔らかいフワフワの身体は、小さくて頼りなかった。けれど、いつまでもこうして居たいと思うほど暖かく心地良かった。
そんな時間も結局、帰宅した母親が子猫を見つけ、怒り狂って酒瓶を投げつけて、お終いになった。
子猫は意外なほど素早く逃げたし、血痕がどこにもなかったから、当たりはしなかったと思う。
しかし、あの猫を見かける事は、二度と無かった。
(……すっかり忘れてたな)
あんなに汚かったのに、洗ったら見違えるほど綺麗になったのも思い出した。ジークの洗い方が下手だというように、怒って引っ掻いたけれど。
マルセラの髪と同じような栗色の毛並みで、腹と尾だけが雪よりも白かった。
血の繋がった家族でもなく、人間ですらなかったけれど、一緒にいるのが当たり前のように幸せだった。
(俺は弱くねぇし、ずっと一人でも平気なんだけどな……)
何度も躊躇ったあげく、目を瞑り、思い切ってマルセラをそっと抱き締めた。
体温と共に、もっと何か甘いものが、じわりと沁み込んでくる。
(でも、まぁ……少しだけなら、悪くないな……)