〈晴らすべき闇〉-17
「き、喜多川先輩。サイレンを鳴らした方が……」
「……今だけは、貴女の推理が外れてると思いたいわ……」
動揺を圧し殺すように唇を噛み締め、景子は港を目指した。
帰宅を急ぐ渋滞と赤信号がもどかしく、思わずサイレンを鳴らしてパトライトを作動させたくなるが、それでも景子は静かさを貫いた。
優愛が狙われるはずがない。
その思いを否定するような、周囲に非常事態を告げる“ソレら”を作動させる訳にはいかなかった。
(……優愛……)
市街地を抜け、渋滞から抜け出すと、もう前方は港へと続く道しかない。
曲がりくねった坂道を登り、一息吐くような短い平地を進むと、下り坂の向こうにあの港が見えた。
貨物船は暗闇に沈み、あの事務所の明かりだけがポツンと映る。
それは焦って駆け付けた二人を嘲笑うかのような、極めて長閑な光景であった。
「……フ…フフ……もう、春奈さん、あまり脅かすような事言わない………!?」
少しだけ笑みの溢れた景子の顔が、再び凍り付いた……あの事務所から溢れる明かりの中で、黒いセダンがギラギラと怪しい光を反射させていた……急いで坂道を下り、事務所の傍に急停車させて飛び降り、そのセダンを見た……古臭い型式のソレは一般的とは言い難く、そのセダンは間違いなく八代がさっきまで乗っていたものだと判った……。
「!!!」
追い打ちをかけるように、暗闇の港の中に光が灯る……あの貨物船のタラップが甲板からライトに照され、数人の男達が、毛布にくるまれた“何か”を運び込んでいた……。
「……八代!!」
貨物船のタラップを登る男の中に、八代の姿があった……そしてあろう事か、その毛布はグニグニと動き、明らかな意思を持っていると春奈達に訴えてきた……。
「喜多川先輩…!!」
事務所の中からは、下品な笑い声と、あの気味悪い金髪男の低い声が漏れてきた……二人掛かりで事務所内の男達を制圧してる間に、優愛の貞操が危機に陥る可能性は高く、かといって貨物船に二人で向かえば、挟み撃ちという最悪の状況に陥る……。
「こっちは私に任せて!先輩は早く妹さんを助けてあげて!!」
春奈の力強い視線は景子の瞳を撃ち抜き、そして二人の情念は燃え上がった。
スーツに隠した脇腹のホルスターから拳銃を抜き出し、二人の刑事はそれぞれの使命の為に行動に移る。
今こそ、本懐を遂げる時だ。
《終》》