桜の降る時-3
あたしの視線が藤森先生を捉えていることに菜月が気付いたようで、あたしに耳打ちしてくる。
「霞ぃ?なぁに蓮ちゃんみつめてんの?」
「みつめてなんかいないわよ。先生っていうより、まるで生徒だなって見てただけ。」
「ふぅん?そうなの?…あ。あたし、進路のことで蓮ちゃんに話があるの。放課後、職員室つきあって。」
進路か。菜月はぽけっとしてるようでいろいろ考えてるんだよなぁ。あたしもそろそろ真面目に考えなきゃね。
そして放課後。
「失礼しまーす。あ、蓮ちゃ…じゃなかった、藤森先生。進路のことでちょっと…。」
藤森先生が生徒から蓮ちゃんと呼ばれていることは、他の先生たちはあまりよく思っていないようだった。ほとんどおじさん、おばさん教師の、頭の固い先生ばっかだから。藤森先生みたいな先生なら自分たちだって好かれるのにね。
「進藤と水城か。じゃ、進路指導室に行ってて。俺もすぐ行くから。」
進路指導室で待っていると5分ほどで藤森先生が来た。…コーヒーとお菓子を持って。
「やーお待たせ、お待たせ。さすがに職員室でこれを出すわけにはいかないからね。」
「やった!蓮ちゃん、最高!!」
コーヒーを飲みながら、菜月と藤森先生は大学の推薦について話をしている。やっぱり…。藤森先生、かっこいいよな。男子からだけじゃなくて、もしかしたらそれ以上に、女子からも人気あるもんな。
「霞?霞ってば!なにぼーっとしてんの?」
菜月の声があたしを現実に引き戻す。
「え?あ、ごめん。何?」
「もー、霞、最近ぼーっとしすぎっ!寝不足なの?いつもあくびばっかしてるけど。」
「それ、他の先生も言ってたよ。優等生の水城が最近、居眠りしてるって。」
藤森先生があたしを心配そうな目で見る。そんなに見ないでよ!どきどきしちゃうじゃない!
「最近、へんな夢みるの。同じ夢。で、なんか寝不足みたいなの。」
桜の下で誰かを待ってる夢。あたしは同じ夢を何度も繰り返しみていた。そのたびに泣きながら目を覚ました。おかげですっかり寝不足。
「えー?なにそれ?どんな夢なの?」
菜月が興味津々といった様子で目を輝かせる。まったく、自分の進路の話をしてたんじゃなかったの?しかたなくあたしは話始めた。
「桜の木の下で誰かを待ってるの。待っても待っても来なくて…。あたしはすごく悲しくて。いつも泣きながら目が覚めるの。だから寝不足なのよ。」
進路指導室でなんであたしの夢の話なんか…。ため息をつきながらコーヒーを一口飲み、前に座る藤森先生を見た。
すると先生は驚いたような表情をしながら固まっていた。
「藤森先生?どうかしました?先生?」
あたしが声をかけると、やっと我にかえったように、いつもの笑顔であたしに言った。
「あ…。いや、なんでもないよ。ところで、水城はとうするの?進路。」
「まだ考え中です。」
「そっか。水城は成績いいみたいだし、ゆっくり考えるといいよ。あ、そろそろ会議の時間だ。2人とも気を付けて帰るんだよ。」
帰り道。さっきの先生の様子が気になったあたしは菜月に聞いてみた。
「ね、あたしの夢の話したじゃない?あのとき藤森先生、なんか変じゃなかった?」
「えー?そうかなぁ?そんなことより、霞。恋に落ちたでしょ?蓮ちゃんにっ!」
「な、なに言ってんの?あたしはただ、さっきの藤森先生の様子が変だなって気になっただけで…。」
菜月は歩いていた足を止めた。
「そこっ!そこなのよ、霞。なんとなく気になる、いつも目で追ってしまう。恋の始まりってそこなのっ!霞はいつも蓮ちゃん見てるよね?蓮ちゃんの姿、探してるよね?それが恋の始まりなんだよ。」
恋?あたしが?藤森先生を好きってことなの?
混乱しているあたしを見て菜月はくすっと笑った。
「顔にかいてあるよ。蓮ちゃんが好きだって。あたし、協力するからなんでも言ってね。じゃ、また明日。」