蒼い日差し-5
「そう。お別れなの。淋しいわ」
食事のあと、二人で酒を飲みながら話した。
「ほんとうはもっと一緒にいたいんだけど……」
「ありがとう。とても楽しかったし、助かったわ」
「明後日、青森から帰るんだ。それからは、どこかへ行くの?」
「どうしようかしら……」
彼女は笑みを見せていたが瞳には明るい色は浮かばなかった。
「上野で列車に乗った時だけど、行き先は決めてたの?」
急に話が変わったので彼女の返事は間が空いた。
「夜行列車に乗ったことがなかったから、一度どんなものかって。いつも車か、遠い所は飛行機。それでなの……」
「たまたまだったんだ」
「初め、新宿に行ったんだけど、山登りの人がたくさんいて、それで上野に行ったの」
「よかった。それで会えたんだ」
「そうね、ほんとに……」
綻ぶように笑う。
「私、映画で夜行列車に揺られているシーンを撮影したことあるの」
そういえば思い出した。
「あれは、どこで?」
「中央本線の大月あたりだったかしら。昼間なのに技術で夜みたいに見せてたの。そういう場面があるのに夜行列車に乗ったことなかった。周遊券っていうのも駅の窓口で初めて知ったわ」
「あの時、座席はがらがらだったよね」
なぜ同じボックスに座ったのかを訊きたかった。意味は通じた。
「そうなの。どうしてかしらって自分でも思うんだけど……」
そして首をかしげ、
「体が勝手に動いてしまった感じ。他に空いてるのに悪いと思いながら。一人でいると目立つような気もしたし……。それと、あなたに何か惹かれたのかしら……」
心持ち顔を伏せ、笑みのない真顔であった。
もし彼女がいたずらっぽく笑ってみせたとしたら、何かしらの冗談を返して同じように笑ったことと思う。
彼女の言葉を真に受けたのではない。しかし、その一言で鳴子で泊ってからこの日まで押し隠してきた情欲が津波のように盛り上がってしまった。
「あなたが好きだ……」
体が強張った。にじり寄って、
「ファンとしてじゃなく、女性として、好きだ」
彼女の目には明らかに驚きの色があった。だが身構えることはしなかった。そのことが俺の衝動を後押しした。
彼女は心のどこかに俺の行動の予測をひそませていたような気もする。なぜなら、抱きよせて、その芳しい黒髪に頬を埋めても、熔けるほどに唇を押しつけても抗うことはしなかったのだ。むしろ俺の腕を握り、そのまま突き進むかと思われる状況になった。
抱きすくめ、重なって、乳房を揉んだ。
「あうう……」
悩ましくのけ反った直後、彼女は息を乱しながら俺の胸を押し返した。
「待って、お願い、待って」
熱い息が吹きかかった。
「好きなんだ、だから」
浴衣の裾を割って脚を入れ、同時に股間に手を差し込んだ。勢いであった。瞬時だが、大変なことをしていると思った。
下着をくぐって指が谷間に到達した。
「ううっ」
ふたたび伸びあがる。
(アソコに触っている!N・Yのあそこだ!)
舞い上がり、パンティを引き下げようとした時、俺の手首は握られた。
「わかった。わかったわ。明日、明日にして。お願い」
欲情を自制できたのではない。彼女の苦しそうな、今にも泣き出しそうな顔に圧されたのだった。
動きを止めた俺の手首は掴まれたままだ。
「今は、気持ちの準備ができていない……」
波が引くように力が抜けていった。萎えたのではなく、やはり根底には女優N・Yの存在感があったのかもしれない。それに、拒否されたのではない。
(明日と言った……)
二人ともべっとり汗をかいていた。隣室の襖が閉まって、
「おやすみなさい……」
消え入るような声が聞こえた。