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蒼い日差し
【その他 官能小説】

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蒼い日差し-2

 おやっと思ったのは宇都宮あたりだったか。口元を見つめているうちに、富士のようなきれいな形の唇に惹きつけられたのである。
 どこかで見たことがある。……美人画みたいな小さな唇。……
確信を持ったのは何気なく目を向けた窓である。そこに映った彼女の横顔。鼻の形と唇のライン。窓がスクリーンとなっていた。
(N・Yだ……)
俺は思わず組んでいた脚を解いて居住まいを正した。
 そんなことがあるはずはない。否定しながらも、まじまじと見る彼女の姿態は映画の一場面を観ているように迫ってくる。

「そりゃ驚くよな。N・Yだったら」
諸岡の顔が相変わらず真剣だったので茶化すこともできず、だからといって信じるには創作じみている。私は差し障りのない語調で言葉を選んだ。
 私は彼女の長い黒髪を思い浮かべた。しなやかに回転するとスカートと同じようにふわりと舞った。あれはシャンプーのコマーシャルだ。


「とても寝られなかった」
だから、白河、郡山、二本松……。停車した駅は憶えている。今日、バスで東北道を走り、それらの地名を見ているうちにこみ上げるように熱いものが甦ってきたのだと諸岡は言った。

 仙台を過ぎた辺りで空が白んできた。さすがに睡魔が何度も襲ってきたが、その度に何かに揺り起こされるように我に返った。彼女も眠った様子はなかった。

 小牛田で降りたのは午前八時すぎ。そこから陸羽東線に乗り換えて鳴子温泉に行く予定のコースである。
「彼女もそこで降りたんだが、小牛田止まりの列車だったから当然だったし、同じ陸羽東線に乗り合わせたのも別に不思議ではない」
 そこから移動するには東北本線をさらに北上するか、石巻線か陸羽東線。三つに一つだから偶然としても不自然ではない。

 この列車では彼女は隣のボックスに席をとった。ほっとしたような、残念なような複雑な気持ちだった。
 奇妙な行動は鳴子温泉駅に降りてからだ。
「俺が降りると彼女も続いた。振り向きはしなかったが客がほとんどいなかったから気配でわかるんだ。なにしろN・Yだから、意識するよ」

 改札を出て観光案内板を見上げていると彼女がすぐ横に来て立ち止まった。そして小声で話しかけてきた。
「どちらにいらっしゃるんですか?」
まちがいなくN・Yの声だった。少し鼻にかかった細い声。とっさに言葉が出なかった。
「緊張してまともに顔を見られなかったよ。列車を降りてから振り向かなかったのは、出来なかったんだ。気づいて意識していると思われたくなくて」
 
 間歇温泉を見に行くと答えると、彼女は、初めてなので連れて行ってもらえないかと言う。俺も初めてだと言うと、
「それじゃ、ご一緒していいですか?」
ほんの少し白い歯を見せて微笑んだ。
 バスも出ていたがタクシーを使った。その方が待ち時間もなく、早い。それに間がもてない気がした。運転手がお喋りで、おかげで気疲れしないですんだ。

 タクシーを降りてからは主に彼女が話しかけてきた。こっちは硬くなって返事もぎこちない。なにしろ相手は憧れの人気スターだ。
 二時間ほど見学して付近を散策して、途中で昼飯を食い、だいぶ打ち解けて会話も滑らかになっていった。帰りのバスでは傍から見れば友達同士に見えたと思う。
「観光客がそこそこいたのに、N・Yって気づいた人はいなかったな。まあ、帽子にサングラス、それに俺みたいなのが一緒だから目立たなかったかもしれない」

 駅に着いてバスを降りると、それまでの和やかな気持ちが沈み、沈黙が流れた。時刻は三時半を回っている。もう見て回る所もない。宿は決めていなかったが俺は鳴子に泊まるつもりでいた。彼女とはお別れになる。……
「そう思ったら淋しくなっちゃって」……


「面白い所だったわ」
「温泉だらけで」
「いろんな所から噴き出していて」

(彼女はどうするのだろう……)
ふと思った時、一歩近寄った彼女が声を落として言った。
「今日はここに泊まるんですか?」
「ええ、そのつもりです」
「もう、予約は……」
「いや、これから。どこか空いてるでしょう」
彼女は頷いてから、
「ぶしつけなお願いなんですけど……」
そして言ったんだ。
「何て?何て言った?」
私は急かすように口を挟んだ。

 連れということにしてもらえないかと言ったという。
「ほんとうか?」
「もちろん、部屋は別だぜ」
私はいつの間にか肩に力が入っていた。
 その頃、女の一人旅は珍しく、女性一人の宿泊を敬遠するところもあった。
「それと、俺がカムフラージュになると考えたのかもしれない」
 駅からほど近い中規模の旅館を訪ねた。二人連れで申し込みながら部屋を別にしてほしいと言うと、フロントの男は割り増しの金額を示しただけですぐに受け付けた。俺は訊かれもしないのに「仕事で来たもので」とわざわざ言ってから顔に熱を覚えた。


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