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曼珠沙華
【SM 官能小説】

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(後編)-6

老人ホームの私の部屋には、黄昏どきの秋のやわらかな木漏れ陽が斑に光を描いていた。

事務員が宅配された私あての小包をテーブルの上に置き、入浴の時間を告げていく。窓から見
える水路の土手には、紅色の曼珠沙華が微かな風にゆるやかに揺らいでいる。細い茎が真っ直
ぐに伸び、ふんわりと広がった鮮やかな花の輪の中に、私ははっきりと妻の性を思い描いてい
た。

「谷 舞子」という女によって、死んだ妻の性が私の中にふたたび甦ったのだ。私の脳裏でふ
たりの顔がゆるやかに重なり、淡い陽炎となって曼珠沙華の花弁の中に吸い込まれていく。
どこか妖しくもあり、それでいて可憐で奥深く、もの悲しさと切なさを湛えた曼珠沙華の花を、
私は部屋の窓辺に佇みながらずっと見つめていた。


あのとき…

激しい胸の動悸を覚えた私が、夢から覚めるようにふと気がついたとき、添い寝をしていた
「谷 舞子」という女は息をしていなかったような気がする。彼女の頬から血の気が失せ、
頬は冷たかった。そして女の首元には、首を絞められたようなうっすらとした赤い筋を浮か
び上がらせていた。

まさか…私がこの女の首を絞めて殺したのだろうか…私は、自分がやったことに怯え、とっさ
に衣服を身に着けると、まだ夜が明けきらない黎明の薄闇の中を逃げるように旅館をあとにし
たのだった。

その数日後、私は旅館の老婆に恐る恐る電話を入れた。

「あの女は…あの女は死んだのか…」
「おっしゃる意味がよくわかりません…女は死んではいませんが…」
老婆はいつものように陰気な声で言った。

「お帰りのときにお忘れになった女の下着は小包にしてあとで送らせていただきますね…それ
にしてもお客様の白い液がたっぷりとシーツに残っていましたよ…まだまだお元気でなにより
でございますね…」と老婆の嘲るような陰気な声が電話の先から聞こえてきたとき、私は女が
生きていたことに安堵するように胸をなでおろしたのだった。すべては私の取り乱した幻覚だ
ったのだろうか…。


私は「谷 舞子」という女への手紙を書き終え、煙草を咥えると、部屋の窓から土手に咲き乱
れた曼珠沙華の風景をぼんやりと眺める。

その後、あの古い旅館を訪れたが、玄関の扉は鍵がかかり固く閉ざされ、あの老婆とも連絡は
つかなかった。それに「谷 舞子」という女とあの公園でふたたび出会うこともなかった。

届くあてのない彼女への手紙だった。それでも、私は自分の中に浮遊する切ないほどの思いを
彼女に伝えたかった。

考えてみれば「谷 舞子」という女が、あの旅館で何をしていたのか、今となっては聞くすべ
もない。私は、長い睫毛でふちどられた彼女の瞳の中に映った、どこかとらえどころのない顔
をふと思い浮かべる。

彼女を見ていた私の時間は、同時に私が決して知ることがなかった妻の物語でもあるような
気がする。私は目の前に咲き乱れる曼珠沙華の花に、ふとそんなことを思った。


そのとき窓の外の風景の中にどこからか一羽の黒い蝶が花と戯れるように飛び込んでくる。
曼珠沙華の花にまとわりつき、楽しげに舞いながら小刻みに花をついばむ。それはまるで私の
性器が妻の性器に絡みつくような幻影を描いているようだった。

小包はあの旅館の名前で送られてきたものだった。小包を開くと中には女の下着が入っていた。
ベージュの下着は、きっとあのとき旅館で買い求めた「谷 舞子」という女の下着なのだ。


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