休日デートの目撃者-1
秋も深まるイスパニラ王都は、あいもかわらず賑やかだ。
夏に起きた人狼の密かな大騒動など、片鱗も気づかれていない。
そんなある日。
エメリナの携帯に、母から突然の電話がかかってきた。
「今度のお休みに、母娘水入らずの休日を過ごしましょうよ」
つまり、ショッピングの付き合いと王都の観光ガイドをせよと、要請が降り立ったわけだ。
***
「このお店、一度来てみたかったのよ」
両手いっぱいに買い物袋を下げた母が、うきうき顔でウサギの絵が彫られた扉を見る。
ケーキの美味しいこのカフェは、決して高級店ではないが、数百年も昔からこの場所に店を構えている有名な老舗だ。
飴色の扉が開くと、アンティークなベルが軽やかな音を奏でる。
お茶には少し遅い時間だったが、人気店だけあり、店内はまだ満席だった。クラシカルなメイド服を着たウェイトレスが、愛想よくお辞儀する。
「いらっしゃいませ。合席になりますが、宜しいでしょうか?」
「はい」
エメリナは頷く。
とにかく混雑するイスパニラ王都では、よほどの高級店以外は、合席システムが当たり前に普及している。
昔から他民族が多く寄り集まり、見知らぬ者同士、その場限りで飲食を共にし雑談を交わすのが多かった名残だろう。
客の方も特別な事情がなければ、了承が当たり前だ。むしろ断るほうが、密談でもしているのかと不審がられるほど。
「少々お待ちください」
ウェイトレスはもう一度お辞儀し、奥まった席の客に話しかけた。
栗色の髪を二つ縛りにした可愛い女の子が、お行儀良く椅子に座っているのが見える。
歳の頃は7〜8歳だろうか。赤いフードつきの服に、赤いタータンチェックのスカートが良く似合っている。
メルヘンチックな店で、ショートケーキとジュースを美味しそうに食べている女の子は、なんとなく赤頭巾の童話を思わせた。
女の子はウェイトレスに話しかけられると、エメリナたちの方を見て、にこっと笑って軽く手をふった。合席了解の合図だ。
愛らしい笑顔に、こちらまで自然とニコニコ顔になる。
パーテーションが邪魔で向かいの席は見えないが、おそらく女の子の親だろう。
四人かけの席に合席ということは、向こうも母娘のお出かけ中かもしれない。微笑ましい偶然だ。
エメリナはパーテーションの角を曲がり、笑顔で挨拶をした。
「合席、ありがとうございま……」
「……」
赤頭巾ちゃんのお相手を前に、全身が石になったかと思った。
銀十字架の刺繍された黒い制服。ツンツン逆立った短い金髪。
よくみれば剽悍でそう悪くもない顔立ちなのに、鋭い双眸というには度が過ぎる目つきのせいで、凶悪そのものの人相。
極悪退魔士も、コーヒーカップを片手に硬直していた。
――血気盛ん過ぎるチェーンソー狼が、赤頭巾ちゃんをかどわかしてる。
そんなフレーズと警告音が、瞬間的にエメリナの頭で鳴り響いた。何しろ退魔士の身分を利用して拉致られた経験は、記憶にまだ新しい。
「こ、この……!!」
幼女誘拐犯!と叫ぼうとした瞬間、電光石火で立ち上がったジークに、肩をガシっと抱きかかえられた。そのまま問答無用で、壁際へ一緒に屈みこまされる。
「ちょ……っ!」
(何か誤解してるだろ!お前は本っ当に、顔に出やがるな!)
ヒソヒソと囁かれた。
(言っとくが、普通にガキ連れで茶を飲んでるだけだぞ)
苦々しげな声で言われたセリフに、今度は別の意味で仰天した。
(え!?嘘!あれ、貴方のお子さん!?)
(――――アホかぁぁっ!身分証見せただろ!幾つの時にこしらえたガキになるんだよ!)
鋭い眼光でギリギリ睨まれた。
(だ、だって、生年月日まで見る余裕……)
(お前の2つ年上だ)
(……21歳?)
思わず、ポカンと口をあけて聞き返してしまった。迫力ある悪人面のせいか、少なくとも五つ以上は年上に見える。ジークが舌打ちした。
(相変わらず失礼な女だな)
「エメリナ、その人とお知り合いなの?」
女の子の隣りへさっさと腰を降ろした母が、不審そうに尋ねた。
「う、うん、まぁ……ね」
女の子もフォークをとめ、じっと二人を眺めている。
「ジークお兄ちゃん、どうしたの?」
「な、なんでもねぇよ。ちょっとした知り合いだ……」
エメリナとジークは、チラリと視線を交わしあう。友好要素など欠片もないのに、こういう時は不思議な力が働くらしい。
互いに自分の連れには、絶対に詳細を知られたくないと、瞬時にして理解した。
――黙っててやるから、そっちも余計な事は口走るなよ。
電光石火で意思の疎通と、暗黙の取引きが完了する。