休日デートの目撃者-2
無言でジークは席に戻り、その隣りへエメリナも神妙に着席した。
幸か不幸か、変に空気の読めない母は、なぜかジークが友好的な知り合いと解釈したらしい。
ニコリと微笑みかけた。
「娘のお友達でしたか」
「は?誰が……っ!」
母たちからは見えないように、ジークの手を思い切りつねった。
「……まぁ、そうです」
ヒクヒクと頬を引きつらせるジークに、エメリナも引きつった笑みを向けた。
「こ、こんな所で会うなんて、びっくりした………」
数ヶ月は入院する大怪我だったはずなのに、さすがは人狼の子孫。とんでもない回復力だ。
同席の女の子は笑顔を引っ込め、エメリナをじっと上目使いに眺めていたが、不意に小さな声で尋ねた。
「……もしかして、お兄ちゃんの彼女?」
「「違ーーーうっ!!!」」
ジークとエメリナは同時に悲鳴をあげ、そろって首を振る。
「そっかぁ、良かった」
女の子は安心したように小さく息を吐き、エメリナにニコリと笑いかけた。
「はじめまして、マルセラです。ジークお兄ちゃんのお隣に住んでいます」
そして柔らかそうな頬を少しピンクに染め、非常に嬉しそうな笑顔で続けた。
「今日はお兄ちゃんが退院できたから、久しぶりにデートなの」
「っ!?」
何か飲んでいたら、間違いなく全部噴いていた。
「へ、変な言い方するな!見舞いの礼に連れてきただけだろっ!」
真っ赤になって慌てふためくジークを、あんぐりと口を開けて凝視する。
「ロリ……痛っ!!」
最後まで口走ってしまう前に、すかさずテーブル下で足を蹴っ飛ばされた。
加減はしたのだろうが、十分に涙目になる痛さだ。
「あら〜、優しいお兄ちゃんで良いわねぇ」
母はエメリナたちの様子など気づかず、ほのぼのとした感想を述べる。
「うん!それにジークお兄ちゃん、すっごく強くてカッコイイんだよ」
「ふぅ〜ん……」
エメリナはニンマリと、不貞腐れた顔でソッポを向いているジークを横目で眺める。
「マルセラちゃん、ジークお兄ちゃんが大好きなんだ?」
「うん!」
無邪気そのものの笑顔で、マルセラが頷く。黒い上着の肩がビクリと震える様子に、笑いを堪えるのが一苦労だ。
ジークは顔を精一杯背けたまま、もう片手で何かカチカチやっていると思ったら、ほどなくエメリナだけに見える位置へ、携帯画面が差し出された。
『黙れ。そもそも、なんでお前がここにいやがるんだ。腹黒ハーフエルフ』
画面に表示された文字を読み、エメリナは表情を変えないまま、自分の携帯を取り出し猛スピードで打つ。
スッとテーブル下に画面を差し出した。
『休日にどこへ行こうと勝手でしょ。極悪退魔士。そっちこそ仕事サボってるじゃない』
制服をそっと指してやると、またもやカチカチとお返事が打たれる。
『俺だって今日は非番だ』
『じゃあ、なんで制服着ているのよ。やっぱりまた何か悪いこと企んでるの?』
『してねぇよ!』
ジークは悔しそうに眉をしかめ、続けて文字を打った。
『私服でマルセラと歩くと、通りすがりのヤツらが一々ウルせぇんだよ』
――ああ、もしかして、通報されるんだね?ガラの悪い不審な男が、幼女を連れまわしています!って……。
つい、肩をポンと叩き、生暖かい視線を贈ってしまった。
「〜〜っ!!」
耐えきれなくなったらしいジークが、勢いよく席を立つ。
「マルセラ、帰るぞ」
「え?」
マルセラは驚いた顔で、ジークと自分の皿を見比べる。
好物は最後まで取って置く主義なのか、皿にはケーキの天辺に飾られていた苺が一粒、綺麗に残されていた。
「さっさと食っちまえ。遅くなると婆さんが心配するだろ」
「う、うん」
ジークに急かされ、フォークで苺をプスンと突く。
「これ、一番美味しそうだから、ジークお兄ちゃんにあげようと思ってたの」
満面のあどけない笑みを浮かべ、少女はジークの口元に苺を突き出した。
「リハビリ頑張ったご褒美だよ!はい、あーんして♪」
びきびきっと、ジークが硬直する音が聞こえたような気がした。
――拷問だよ、これ。笑っちゃいけないとか、酷い拷問だよ!!
俯いて肩をブルブル震わせているエメリナを、ジークは殺気混じりの凶暴な視線で睨んだ。
そして素早くマルセラの小さな手を掴み、凄まじい早業で苺を口に放り込む。
「――――ほら、行くぞ」
苺の色が移ったように顔を赤くしたジークは、マルセラを抱きかかえるようにして、レジへ引き摺っていく。
「仲の良さそうな二人だったわねぇ。」
店を出る大小の後ろ姿を、母は呑気に見守る。
「それにあの退魔士さん。背はだいぶ高いけど、お父さんの若い頃に、ちょっと雰囲気が似てたわ〜」
「はぁ!?」
とんでもない母の発言に、衝撃と軽い頭痛を覚えた。
「ちょ……お父さんが、あんなのと!?」
確かに寡黙で無愛想な父は、少々目つきが鋭いほうだ。それに、ガレージへ侵入するゴブリンや魔獣を追い払う時は、凄まじい迫力だが……。
「こら、エメリナ。お友達に『あんなの』はないでしょう」
変なところで行儀に煩い母が、軽く睨んだ。
「と、友達じゃ…………うん。ごめんなさい」
抗議しかけたが、詳しい事を聞きだされると余計に面倒だ。
素直に謝り、急いでメニューを眺め始めた。
とにかく、とんでもない現場を目撃してしまったものだ。