真紅の螺旋『弦音誘惑』-4
「何だい?君は」
ようやく愛加の存在に気付いたのか、ストラルが顔を上げた。顔は子供の血液で赤く染まり、口の周りには肉片がこびり付いている。
この部屋にも子供服が散らかり、そして生きている子供は一人もいない。
「あんたを止めに来たのよ」
「君は『Crucifigare(断罪人)』なのかい?」
「そんなもの知らないわ。だけど、これ以上あんたの好き勝手にさせない」
愛加の台詞を聞いたストラルは可笑しそうに笑った。
「優しいんだね、君は。僕が子供を食べることに怒りを感じている」
ストラルは笑いながら子供の太股を噛み千切り、わざと音を立てて咀嚼する。顎が上下する度に気色悪い音が室内に響く。
「子供は美味しいんだよ。肉は当然柔らかいし、骨だって食べられる」
肉を飲み込み、ストラルは続ける。
「それにね、食物連鎖って知っているかい?その頂点に立つ人間を僕は食べる。つまり、僕は人間を超えたのさ。そんな僕に普通の人間の君が勝てると思っているのかい?」
子供の下半身を乱暴に脇に放り、傍らに置いてあったケースからバイオリンを取り出す。
「さあ、舞踏会の始まりだ」
同時にストラルはバイオリンを弾き始める。魔力を上乗せした音は聞いた者の潜在意識に働きかけ、その者を自分の思い通りに操作する。
リズムが変わる。
メロディーが変わる。
愛加が一歩一歩近付くのを見て、ストラルはさらに激しくバイオリンを奏でる。そして愛加が目の前まで来た時、ストラルは自分の勝利を確信し、笑みを浮かべた。
「さて……」
ストラルは考える。この娘をどうするかを。細く、しなやかだが、精錬された無駄のない肢体は美味そうでもある。
食べると決まれば、行動は速い。ストラルは食すために愛加へ手を伸ばし、
その手が無いことに気が付いた。
「『さて……』何?」
愛加の紅い視線がストラルを射抜く。ゴトリ、と切断された腕が床に落ちる。
いつの間にか右手に握られた小刀から一滴、血が滴り落ちた。
「な、何故だ?君は音を聞いたはずだ!どうして操られないんだ!?」
噴水のように吹き上がる血。残った腕で、それを無理矢理止血しながらストラルは叫ぶ。
「敵に手の内を教える義理はないわ」
小刀を持つ右手が跳ね上がり、一瞬でバイオリンを切断した。
「うわああぁぁっ」
自らが切られたかのようにストラルは絶叫し、そして力無く床に膝を突いた。同時に止血の手が緩み、再び血が噴き出す。
血が服を汚すのにも構わずストラルに歩み寄り、愛加は止血のついでにストラルの手足を縛り付け、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
メモリから琴葉の番号を探し、電話をかける。数回のコール音の後、琴葉の声が聞こえた。
「……琴葉?終わったわ。後はそっちがやるんでしょ?私は絢を連れてさっさと帰るから」
一方的に言葉を放ち、電話を切る。そこで、ストラルが驚いた顔を向けているのに気が付いた。
「何?」
「……君は今、琴葉と言ったのかい?」
ストラルの質問の意味は解らなかったが、取りあえず答える。
「言ったわ」
「……そうか」
溜め息をつき、うなだれるストラルを屋敷に残し、愛加は外へと向かった。
〜
愛加が屋敷を出て数分後、ストラルの前には一人の女性が立っていた。