尾行2-4
エスカレーターを一つ降りると奈津子は真っ直ぐトイレに入った。
出てきた奈津子の頬がやや上気したような、火照っているように見えた。何となくさっきとは違い妖艶な雰囲気に見えた。
「ちょっとグラマーになったのかな、いや、少し痩せたのか」どちらともとれる奈津子の後ろ姿を見つめて、ため息を漏らした。
「それにしても、今日の進藤さん、妙に色っぽい」
スカート姿の楚々と揺れるヒップラインを見つめて「やっぱり大きめのお尻、『進藤さん』に似ているな。高かったけど買ってよかった」とつぶやきながらあとを付ける。
奈津子の足元を見て、ふと気付いた。スカートから見える白い足……。間違いない、生足だ。さっきはストッキングらしきものを穿いていたはず……そうだ間違いない。トイレで脱いできたのだ。なぜそうしたのかは分からないが。だから雰囲気が違って見えたのだ。
「進藤さんて、あんなに足首が細いんだ……ということは……」などと良からぬことを考え、息を荒くしてポケットに入れた手で、軟膏を塗りたくった固くなったそれを握りしめた。
奈津子の生足のふくらはぎと、キュッと絞られた足首に魅了され、ため息をつきながらエスカレーターで降る姿を目で追っていく。エスカレーターは二階止まりだ。店内を歩いて向こう側に行かないと一階へ降りる『下り』はない。奈津子はそこへは向かわず横の階段から降りていった。
昨今スーパーやデパートは上から下まで、逆も然り、エスカレーターですんなり行かせてくれない。見たくもない売り場を歩かないと目的の階までたどり着けない。
「どこが発端か分からないが、全くふざけた設計だ」
石橋は憤慨しながらあとを追った。食品売り場に行くのかなと思ったら、更に階下へと降りた。そのとき、不意に奈津子が見上げたので、なにくわぬ顔で横を向いて、持っていたケータイを耳に当てて「うんうん」と頷いて見せた。そんなときのためにケータイをずっと握っていたのだ。
束の間、見上げていたので、石橋はとりあえず右の通路へ向かうふりをした。冷や汗をかきながら、顔を洗うような仕草で、指の隙間から垣間見た奈津子は妙に真剣な顔をしていた。石橋の存在は視界に入ったはずだ。でも、もう顔すら――存在すら――覚えていないかもしれない。そう思うと悲しみが込み上げた。
奈津子は早足に『B3』まで降りていった。そこは駐車場へとつながっている。すぐに追うのはまずいと思い、しばしそこに佇んだあと、そっと鉄の扉を開いた。
広い駐車場には沢山の車が停まっている。まばらに人がいる。入って来る車や出て行く車もある。シックなデザインのハンドバッグを肩にかけて、うす暗い中、一番隅の方を歩いている奈津子を見つけた。
車に忘れ物でもしたのだろうと思っていたが、動く人や出入りする車に敏感に反応する姿に違和感を感じた。振り向いて石橋の方にも視線を送ってきた。石橋が目の前にある車は自分の車、のように立ち止まると、すぐに奈津子の視線がほかに移る。
奥の方にも多くの駐車スペースがある。もっと奥へ行くと車の数はまばらになる。その後方に奈津子のシルエットが見えた。奈津子は一番奥まで行き、立ち止まって考える様子を見せてから、そのまま戻ってきたのである。慌てた石橋は車高の高いワゴン車の後ろに屈み込み、タイヤの空気圧を見るふりをして隠れた。
奈津子はゆっくりとした足取りで車の間を縫っている。不明な行動に首を傾げていると、途中から再び奥へと引き返した。隅の駐車場の中でも一番うす暗い場所まで行き、立ち止まってこちらを振り向いた。シルエットなので顔は見えないが、駐車場内を見回しているようだ。
そのときだった。停まっているセダンの後部座席のドアが開いたとたん、吸い込まれるように奈津子の姿が消えたのである。奈津子がアウターハンドルをつかむ前にドアが開いたのを見た。
鉛の玉がゆっくりと、のどから胃の中に落ちていく……。