尾行2-2
田倉は大抵午後過ぎに出かけるので、その前に車で奈津子の家の近くまで行った。見つかるといけないのと、佐伯家の表札を見たくないので、家の前までは行かない。
数日間見ることができなかったが、がんばった甲斐もあり、とうとう奈津子の姿を見たときには感動に打ち震えた。
あの日見たときよりも綺麗だ。少し髪が短くなった。化粧のせいもあるのだろうか、顔が輝いているように見える。体型も変わったような気もする。
奈津子が徒歩であることにたった今気がついて唖然とした。迷ったがその場に車を置いていくことにした。いかにもまずい場所だがしかたがない。
ショックを味わった日の帰り、席に座ってボーッとしていたので乗り過ごしてしまい、ドアが閉まり電車が走り出したあと、「あ、降ります!」と叫び立ち上がり、慌てて走り出したので、足がもつれて転んでしまった。顔に青い痣があるのはそのせいであった。
またあの鬼門の電車に乗ることになったが、そんなことはすっかり忘れ、遠くの方からうっとりした顔で奈津子を見つめていた。駅に近づくと奈津子がドアに移動した。降りたのをみてから、顔を伏せながら人混みに紛れ込んだ。
ホームに降りた石橋は「あれ?」とつぶやいた。前方に奈津子の姿が見えなかったからだ。走り去る電車の中に吊革につかまって、うつむき加減で立っている奈津子の姿を見つけた。石橋はホームの中央で呆然と見送った。
奈津子も注意深く行動していることが分かった。しかたがないので会社に戻ることにした。とりあえず帰りの鬼門の電車では何事もなかったことに胸を撫で下ろしていた。
もどると田倉は外出していた。
「ほんとかよ」
石橋は自分のデスクに座り、手に持ったボールペンに向かってつぶやいていた。
次の日、会社へ行くと上司の沼田課長に呼ばれた。脂ぎった丸い顔が真っ赤だった。
「はい、何でしょうか?」
石橋は神妙に立っている。
「石橋君、車はどうしたのかね」
「へ? 何の、車ですか?」
「昨日、君が乗った車に決まっているだろう」
「はぁ、それはもちろん……」と言ってから「あっ!」と叫んだ。フロアにいるほとんどの社員が「何事だ」――と顔を上げたが、騒ぎの中心人物が沼田と石橋だったので、すぐに興味を失った顔になる。
「取りにきてくれと連絡が入ったよ」
「そりゃ、そうでしょうね」
沼田に「バカもん」と言われ「すみません」と謝った。例の電車で何事もなかったので、ホッとして車のことはすっかり忘れてしまったのだ。
「レッカー代、君の給料から引いとくよう総務に伝えておいたから。はい、行っていいよ」
そう言って書類に目を戻した。
離れようとした石橋に「あと罰金については関知しないから、君の方で好きにしなさい」と言って分厚い下唇を突きだし、ほとんど首のようなあごをしゃくり、野良猫でも追い払うように「シッ、シッ」と、脂肪太りの手をヒラヒラさせた。
石橋は鬼門の電車のことを「あ、これか」と、何か良いことでもあったようにパンと手を叩いた。