異種族間の交際哲学-4
研究資料でいっぱいの書斎と裏腹に、寝室にあるのはベッドとチェストくらいだ。部屋自体はそう広くなくても、大きな狼が床に寝そべる空間は、十分にある。
「はぁ〜幸せ……」
エメリナは床に膝をつき、両腕をいっぱいに伸ばして狼の身体に抱きつく。
――これ、これ! この手触りが忘れられなかった!!
以前に触った時は、二回とも慌しい非常事態の真っ最中で、楽しむ余裕など到底なかったのが心底悔しかったのだ。
暗灰色の毛皮に顔を埋め、極上の感触を思う存分堪能する。
ギルベルトは前足へ顎を乗せ、静かに目を閉じていた。人間の時も彼は背が高いが、狼の姿になると、更に大きくなる。
これが普通の獣なら、確かに恐怖を覚え、こんなに擦り寄るなど出来なかっただろう。湿った黒い鼻先や、柔らかい腹部までも触らせてもらえるのは、これがギルベルトだからだ。
時おり耳がピクピク動き、尻尾がパサンと揺れる様子もたまらない。
暖かな身体に頬を擦り寄せると、心臓の鼓動が伝わり、かすかに喉がグルグルと低く鳴る音が聞こえる。
「先生、大好き……」
抱きついたまま、うっとり呟くと、不意にギルベルトが身体を起こした。
ブルンと大きく身を一振りし、見る見るうちに人間の姿へと戻っていく。
「これ以上の生殺しは勘弁してくれ!」
悲鳴のように訴えられたかと思うと、次の瞬間には押し倒されていた。
「え!? え!?」
「新月だから大丈夫だと思ったら、とんだ計算違いだった」
エメリナを組み伏せ、ギルベルトが呻く。
「嗅覚が鋭くなるせいだと思うが……あの姿でエメリナくんに撫でられ続けると……」
「な、何か、具合でも悪くさせちゃいましたか!?」
うろたえて尋ねると、ギルベルトはパクパク口を開け閉めし、何度か躊躇ったあげく、非常に気まずそうに白状した。
「っ……狼のまま、襲いそうになる……」
しばしの沈黙のあと、念のために聞いてみた。
「ええと……それは、噛みつきたくなるという意味でしょうか?」
「……いや、性的な……って、頼むから、言わせないでくれ!」
――しまった。先生が凹んだ。
つい、ちょっと涙目になったギルベルトも萌えるなぁと思ってしまったら、ベッドに引っ張り上げられた。
「エメリナくんも、けっこう意地悪だ」
少し拗ねたような口調が、やけに可愛い。唇が合わさり、問答無用で衣服が剥ぎ取られていく。
(狼姿の先生と、かぁ……)
ギルベルトなら良いかと、少しだけ思ってしまう。器が人でも狼でも、中身は同じなのだから。
「――あ、ん、ん、あああ!!!」
ビクビクと全身を引きつらせ、両手の指が白くなるほどシーツを握り締める。
「や、あ……ふ……も、も、だめ……」
息も絶え絶えにエメリナは訴えた。もう何度も意識が飛んでいるのに、抱き締める人狼の子孫は容赦してくれない。
「エメリナが可愛すぎて、止まらない」
陶然とした声で囁かれる。
ドラゴン騒動の後もそうだったが、今のギルベルトは、少々我を忘れていらっしゃるご様子だった。
普段は自制心が強すぎる反動なのか、こういう時の彼はとてもタチが悪い。
執拗な愛撫と強すぎる性感に、エメリナが泣き叫んでも手を緩めず、いっそう楽しそうに攻め立て貪る。
何度も注ぎ込まれた精が、突かれるたびにあふれ出してくる。内腿はとうにドロドロで、細い液筋が足首までも伝っていた。
「ふあっ! あ、ああっ!」
耳を甘く噛まれるのさえ、今は強烈な刺激で身悶える。
痛みは欠片も与えられなくとも、過ぎる快楽は苦痛になると、嫌というほど思い知らされた。
ああ、体力有り余る人狼の取り扱いは、要注意。
狼になったギルベルトも大好きだ。
見惚れるほど格好いいし、あの暖かな毛皮をもふもふする快感も素晴らしい。
――だが、その後にはとんでもない代償が待っている。
異種族は時に理解しがたく、いつの時代も互いに偏見をもっている。
それでも、人と狼の二つ姿を持つ北の魔獣の伝説を、幼い頃には震えながら聞いていたのに、愛しいギルベルトをもっと知り、いつまでも一緒にいたい。
とりあえず、一番身近な成功例の両親を見て、異種族間の愛を育む哲学《フィロソフィア》を、もっと学ぶことにしようか。
終